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拾い集めたのは建材なのか細胞なのか
「かるたの季節は本当は秋からなのよ」
初めて高校選手権を取材した時に、かるた協会の方にそう言われました。
2009年の夏は例年通り暑くて、近江神宮の境内に設置されていた茅の輪が異世界に吸い込まれそうな濃い影を石畳の上に落としていました。
そのころの高校選手権は団体戦出場校もすでに40校を超えていましたが、個人戦出場が400名ほど。2000名を超えている近年のボリュームとは違いますが、それでも「こんなにたくさんの高校生が集まるんだ」と会場の熱気を驚きながら見つめていました。
まだ連載は始まったばかり。「ちはやふる」をどれほど続けられるかわからない、そもそもたいして知られていないという状況での取材。
会場ではあらゆる部分で怒られました。
「そこでメモ取らないでください」「話しないで」「カメラで気が散る」「下の句の読みが始まったら動かないで」「携帯はバイブモードでも聞こえるから切って」「ていうか息をしないで」
そんな注意を全部吸い込んで飲み込んで細胞の中に仕舞い込んで、建材にさせてもらいました。
団体戦の試合場を出て、役員の方にお話を聞かせてもらっているときも、下の句が読まれ始めたら会話を止めます。上の句が読まれて選手が一斉に動く音。その音がしたら止めていた息をふうっと戻して、また取材を続けていました。蝉の声も選手のざわめきも、下の句と上の句の間はまるで聞こえないように、時間の全てが読手さんの声によって刻まれていました。
「かるたの季節は本当は秋からなのよ」
7月の高校選手権がそのように白熱した雰囲気だったから、それがとても意外に響きました。役員の方の笑みは「秋のかるたは個人戦のかるた。高校選手権とはまた一味違うその迫力をぜひ取材して」という熱さを感じました。
夏のかるたとはまた違う、秋のかるた。その本番と呼ばれる時期への選手の皆さんの集中はどんなものなんだろう。
10年を超える時間のなかで取材を続けて、私の中にも刻まれていきました。
名人・クイーン戦予選のある秋。
木の葉が色づくのに合わせて、実りを求められる厳しさを。成果を否が応でも問われて、ジャッジを下される怖さを。努力に応じた見返りがなくとも、次の1日にくべる薪を自分でどうにか見つけてこなければならない荒野を。
取材の大半は選手にフォーカスしたものでしたが、10年取材を重ねるうちに、その場を支えてくれている【選手じゃない方】のことが見えてきました。
いつも安定した読みで試合を成り立たせてくれている読手さんの、その体力的きつさや人数不足。
段取りを把握して1日で5〜7試合の進行を担う運営みなさんの胆力と献身。
読手さん・運営のみなさんの多くは「試合に出たかったけど、今回は裏方に回った」という形の我慢をしていること。
会場に入ることができず小さな窓から見守る親御さんもいれば、大好きな選手を一目見ようと毎回会場に訪れるファンの方もいる試合場。
環境が整っているところもあれば、着替えをするスペースもあまりない所もあり、その限られた場所も誰かの頑張りで確保されていること。
たくさん怒られて、たくさん「あなただれ?取材ってなに??」と言われながらも、感じてきたのはみなさんの渾身の集中であり、場を守ろうとする必死の愛情でした。
構築する物語のための建材を見つける作業が「現地取材」であり「現場の人の声」。
近江神宮を始め、福井や府中市や大塚のかるた会館での取材ではたくさんのピースを頂いて、連載が進むにつれより深いセリフを聞くことも、より珍しいエピソードを教えてもらうことも増えてきました。
「読まれない札がわかるのよね。ババっていうかね」
「本当にうまいなーと思うのは、取りが速い人じゃなくて避けるのがうまい人なんだよ」
「団体戦は個人戦。個人戦は団体戦なのよ」
「友達がいないと続けられないけど、友達がいなくなってからが本番。そしてそのあと、一生の同志ができる」
建材が、丈夫で大きくて、しかも光っている。
そう思う瞬間瞬間に感じるのは、その言葉をくれた方の選手人生の重みです。
出場選手が2400名を超えた2019年の高校選手権。コロナ禍を経て2021年の大会でも制限のあるのなか1500名が個人戦にエントリー。
努力してきた毎日を支えるのは、成果を試せる1日があるからこそ。
そのことを深く理解している運営の方々の努力で、なんとか開催できて本当によかった。だけど運営的には◯◯◯万円を超える赤字!ひい!
密を避けるための会場の増加、スタッフ・備品の増加、シャトルバスの配置・・・。
そのうちの350万円を今年はちはやふる基金で協賛することができました。単行本やグッズを買ってくださった方、寄付をくださった方のおかげです。
来年もその後も、学生さんたちに思い切りかるたができる環境をあげたい。競技かるたに打ち込んだ日々に「応援してるから思いっきりやっていいよ」と言ってあげたい。
取材で撮ったたくさんの写真の中には14年前の高校生のみんながいて、役員の皆さんがいて、その中の何人かは他界された方もいて・・・
でも私が作画のために見返すアルバムには、ずっと変わらずかるたが大好きで躍動するみなさんがいます。
近江神宮まで交通費・宿泊費をかけて遠い都道府県からやって来る高校生の皆さん。
学生さんの出場費を上げることで赤字を減らすということをできる限りしたくない、という運営のみなさんの声は、そのままわたし自身思うことでもあります。
ちはやふる基金でできることを増やしていきたい。
そんな思いで、今年もちはやふる基金でカレンダーを作りました。
12枚のイラストは全て書き下ろしです。
これまでも年間で8枚くらいしかカラーイラストを描いてこなかったのに、そこから飛躍のプラス12枚です。
人間やろうと思えばやれるんだな…と、まぶたを持たない爬虫類のように目を凝らし、岩タイプのポケモン・ゴローンのように肩をカチコチにして描きました。
私自身どれだけでも頑張る覚悟ではじめた基金の活動ですが、応援してくださるあなたの声にこそ支えられています。
ちはやふるカレンダー2022の販売は10月31日まで。もうすぐ締め切りです。
https://calendar2022.chihayafund.com
温かいご支援待ってます。
建材だと思って集めたたくさんの写真もエピソードも、私自身の細胞にまでなっていて、身の内で育んだキャラクターたちが紙の上で戦っています。物語はいまほんとうに、ほんとうにクライマックスです。
名人・クイーン戦の5試合目を描いています。
「難波津の歌」が読まれ、「めぐりあいて」「むらさめの」とこれまで刹那を争って取り合われた札に出番がある時、「ああこれでもう、この歌が漫画の中で読まれることはないのか…」と泣きたくなる自分がいます。
どうか、どうか、1話1話を一緒に味わってほしい。
これもまた贅沢な、でも本当に切実な、お願いです。
P.s. 9割読めちゃうこのnoteですが、1割だけ読める定額メンバーさんの応援に支えられ、この一年のnoteからの収益が100万円を超えました。
全てちはやふる基金の運営に当てさせていただきます。一人ではがんばりきれない日も、応援の力でむくりと起き上がることができます。
あなたのおかげです!深く深く、お礼を言わせてください。
ありがとうございます。
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末次由紀のひみつノート
漫画家のプライベートの大したことないひみつの話。何かあったらすぐ漫画を書いてしまうので、プライベートで描いた漫画なども載せていきます。
サポート嬉しいです!ちはやふる基金の運営と、月に3本くらいおやつの焼き芋に使わせて頂きます。