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塩手羽先

子どもの頃、近所に
『珍宝(ちんぽう)』という名前のお店があった。

おじいさんとおばあさんが夫婦ふたりでやっている小さな中華料理屋さんだった。
店に入るとおじいさんが「らっしー」と言う。
らっしー、というのは、いらっしゃいませ、のこと。

『塩手羽先』っていう鶏の手羽先を蒸したような料理があって、
お客さんはみんな店の中で食べたり
家に持ってかえって食べたり
とにかく人気で
塩手羽先は珍宝の名物だった。
みんな一人で何本も食べるもんだから
おじいさんは昼間っから塩手羽先の仕込みを何本も何本もしていた。

珍宝のお品書きはとっても分かりやすくて
『ピーマン』を注文すると炒めたピーマンがドンときて
『キクラゲ』を注文すると炒めたキクラゲがドンとくる。
『焼きそば』は白い色をしている。
焼きそばもピーマンもキクラゲも何を食べても美味しくて、どれを注文しても大盛りで、
テーブルにおいてある自家製のタレやラー油をかけると美味しさが増す。
酔っぱらいや風呂上がり(すぐ近くに銭湯がある)や学生さんや家族連れでいつも賑わっていた。

僕が中学生か高校生くらいの頃、
珍宝のおじいさんの具合が悪くなったらしくて
珍宝の休みは多くなって
しばらくして閉店した。

珍宝があった場所とその周りは取り壊されて
ファミレスになったり
ドラッグストアになったり

いつの間にか町の商店街にもチェーン店のお店が増えたし、
駅前の飲み屋街はまとめて壊されてタワマンになった。

町のあちこちの景色が変わった。
僕が子どもの頃にあったお店はどんどんなくなった。
大人になってから行ってみたかったお店がたくさんあったのに。

僕は今、大人になって居酒屋さんをやっている。
珍宝があった町とは違う場所だけど。
『塩手羽』という名前の、手羽先を揚げたヤツをみんな食べに来てくれている。
酔っぱらいも風呂上がり(近くに銭湯がある)も家族連れも僕の店にくる。
僕の店にやってくる子どもたちが大人になった時、僕がつくった手羽先のことやこの店のことを思い出す瞬間ってあるだろうかと時々考えることがある。

ああ。珍宝の塩手羽先食べたいなぁ。ビールと一緒に。

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