ひろゆき氏vs高橋洋一氏による1ドル300円の円安肯定論争について。
-たとえ1ドル300円まで円安が進んだとしても、政府が「ドル高」で得た為替差益を国民に還元すれば誰も文句は言わない。
経済学者、高橋洋一氏が地上波のテレビ番組『正義のミカタ』への出演時に「円安」および「円安の進行」を過度に肯定する見解を述べたことに対して、元2ちゃんねるの管理人、論破王こと西村博之氏(以下、ひろゆき氏)がXを介して『ホントに学者?』と同氏の主張を批判。
要約すると、高橋洋一氏による円安経済についての主張は以下のようなものでした。
この高橋洋一氏の私見に対する、ひろゆき氏によるXへの投稿(批判)は、以下の通りです。
1ドル300円もの「円安」が、本当に日本経済にとってプラスなのか。
円安を肯定する高橋洋一氏と、円安によって想定されるであろうデメリットを主張するひろゆき氏。
この「円安」を巡る論争の構図は、経済学を学んだ経験や、その知識量によって、それぞれの主張の見え方も変わってくる部分だと思います。
ですが、世間一般的な「経済(経済学)」に関する知識レベルでは、おそらく、高橋洋一氏の主張を理解できない人の方が、多数派なのではないかと思います。
-円安は、米ドルの価値に対して日本円の価値が安くなるんだから、円安が日本にとって良い事なわけがない。
極端な話、専門的な経済(経済学)の知識がほぼ「ゼロ」に等しければ、これが円安(ドル高)に対する直感的な印象なのではないかと思います。
現にひろゆき氏、高橋洋一氏、それぞれのXへの投稿に対するコメントに目を通す限り、全体的な割合としては、ひろゆき氏の見解に肯定的な意見の方が多い状況となっています。
ですが、経済(経済学)における教科書通りの理論だけを言えば、高橋洋一氏の主張する通り『自国通貨安(円安)は自国経済(日本経済)全体にとってはプラス要因の方が大きい』と言われています。
よって、ひろゆき氏と高橋洋一氏の議論は『何故、自国通貨安(円安)が自国経済(日本経済)全体にとってプラスになるのか』というところが分からないことには「どちらの主張が正しいのか」の判断も出来ないのが実情なのではないかと思います。
高橋洋一氏の反論とひろゆき氏の真意。
ただ、ひろゆき氏はけっして経済(経済学)の知識が皆無という方ではないと思いますので、ひろゆき氏の主張する円安肯定論への批判は、少なくとも「円安」に対する教科書通りの理論を踏まえた上での批判だと思われます。
よって、ひろゆき氏の批判は、経済知識がゼロに等しい人が直感的に述べるような『円安が日本にとって良い事なわけがない』といった短絡的な主張ではなく「円安における日本経済全体のメリット」を理解した上で、高橋洋一氏の「円安肯定論」を批判しているのではないかと思います。
ですが、ひろゆき氏からの批判を受けての高橋洋一氏の反論は、まさに経済学の教科書通りの理論(近隣窮乏化理論)をただそのまま述べるだけの、以下のようなものになっていました。
このような「通貨安」に関する議論に限らず、経済学においては、高橋洋一氏の言うような『古今東西知られている』とされる「理論」はたくさんあります。
ですが、そのような「理論」がいかなる国、いかなる状況、いかなる経済において、必ずしも、そのまま適応されるというわけではありません。
それこそ経済を「学問」として学んできた経済学者なら、そんなことは百も承知なはずです。
確かに『自国通貨安が自国経済に好影響を及ぼす』という理論は、経済学の見地では「一般的な理論」かもしれませんが、これが現代の日本経済にそのまま適応できる理論なのかどうかは、また別の問題です。
何より、ひろゆき氏は「通貨安が日本経済にとって悪影響」とは言っていません。
ひろゆき氏は、あくまでも「近隣窮乏化理論」のような一般的な経済理論を踏まえた上で『1ドル300円もの円安でも誰も文句は言わない(=誰も経済的に悪い状況にはならない)』という主張を批判したのではないかと思います。
高橋洋一氏、ひろゆき氏、双方による「試算」を巡る論争。
また、高橋洋一氏は『1ドル300円の円安になれば日本の経済成長率が20%ほどになる』という主張と共に以下のようにも主張していたようです。
高橋洋一氏の言う「政府が保有しているドル」というのは『外貨準備』として保有している米ドル建ての米国国債のことで、政府が保有する外貨準備は、外務省のHPでほぼリアルタイムな残高が確認できるようになっています。
外貨として保有している資産の1割ほどが「預金」残りの9割ほどが「証券」であり、この「証券」に該当する区分の7~8割ほどは米国国債と言われています。
よって、外貨の8割を米ドル建ての預金および証券とした推定額でも、日本の米ドルの保有額は800億ドルを超えます。
その上で、財務省の公式サイトから取得できる外貨準備の時系列データは2000年以降の推移のみだったため、上記のグラフは2000年以降の「外貨(預金・証券)」を対象とする推移となっていますが、その大半は2000年から2012年にかけてストックされています。
2000~2012年のドル円相場は75円から130円ほどで、平均的には106~107円ほどとなっていたため、現在、日本政府が保有する米ドル建ての外貨準備が仮に110円ほどの平均ポジションを取れているなら、現在の150~160円台を推移している米ドルに対する「含み益」の試算は以下のようになります。
上記が高橋洋一氏が推定した「日本政府が保有している米ドルに対する40兆円規模の為替差益」に該当するということです。
仮に、ドル円の為替レートが300円まで円安になった場合、この為替差益の推定額は以下のようになります。
この推計では、米ドル建ての外貨準備を800億ドルと推定したため、上記の推定額は「232兆円」となりましたが、高橋洋一氏が阿部元総理と上述したような会話をしたと考えられる2022年以前であれば、外貨準備の推定額が1兆ドルを超えていたのかもしれません。
高橋洋一氏は、このような米ドル建ての外貨準備によって生じる為替差益を国民に還元すれば、現時点(1ドル150~160円の時点)でも、国民一人あたり30万円。
1ドル300円まで円安が進行すれば、国民一人あたり250万円。
このようなお金(日本円)を円安に伴う「為替差益」から還元することができるため、これによって『国民のほぼ全てが不満にならないような経済状況を実現できる』と主張したわけです。
ただ、これに対して、ひろゆき氏は上述したように『燃料費・肥料代、輸送費が2倍になるので農作物・水産物の価格は2倍』『輸入品の価格は2倍以上』といった数字(試算)を述べて、この見解を批判しています。
端的に言えば、ドル円の為替レートが現在の150~160円台の2倍に相当する300円もの円安となれば、あらゆる商品やサービスの価格も2倍になるため、実質的に今の2分の1の生活水準になると主張したわけです。
高橋洋一氏、ひろゆき氏、双方の「仮定」はどちらに理があるか。
この議論は、双方の主張が、いくつかの「仮定」を大前提としているため、その「仮定」に対する「帰結(結果)」おいて、どちらの主張に理があるかが論点になると思います。
ここで、双方における、その「仮定」を要約しますが、高橋洋一氏の「仮定」と、それに伴う「帰結」は、以下の通りです。
対して、ひろゆき氏の主張する「仮定」とそれに対する「帰結」は以下の通りです。
これはあくまでも「仮定」の上での論争のため、まず「第一の仮定(仮定1)」は無条件で容認する必要があると思います。
本来、ドル円の為替レートが300円もの円安水準まで進行する場合、そこには間違いなく、そこまで円安が進行した何らかの「要因」があるのですが、その「要因」をこの議論に入れてしまうと、それ次第で、議論の正否が分かれてしまうことになりかねません。
ただ、実はこれこそが、この議論の1つの着地点でもあるのですが、高橋洋一氏が述べた「1ドル300円までの円安進行」という仮定自体が、まず、何の要因も無しにそのような状況にはならない仮定になっています。
ゆえに、1ドルが300円になってしまうほどの「円安の要因」がどういったものなのか、それ次第で、どちらの主張も可能性の範囲として「正解」になりえてしまう議論になってしまっているわけです。
議論の正否は1ドル300円まで円安を進行させた「要因」次第。
ただ、経済学においては1つの経済要因のみ変化させる仮定を立てて、有効な経済理論を模索するような手法(数学的に言うのであれば「偏微分」)がよく用いられます。
現実の「経済」には、ありとあらゆる経済要因(変動要因)が存在しているため、特定の「現象」に対して1つの要因のみを変化させ、それ以外の要因の全てを固定した条件で、その因果関係などを模索していくわけです。
もし、高橋洋一氏が、そのような前提の上で、今回のような仮定を立てたというのであれば「円安の要因」を完全に除外した上で『為替レートのみがどんどん円安方向へ進行して300円に達した』というのが、今回の議論における「仮定1」ということになります。
そこで「実際にありえるか」といった議論は置いておいて、そのまま『政府が外貨準備による為替差益300兆円を国民に還元する』という「仮定2」の方も、やはり無条件で容認しなければなりません。
実際のところ、外貨準備によって生じている為替差益を国民に還元するには、米ドル建ての外貨準備の全て、それこそ1兆ドル規模の米国国債などを国際市場で売却して、市場の「日本円」を買い集めなければなりません。
まず、その時点で300円台になっているドル円レートは大きく円高に振れていくことになるはずです。
当然、そのレベルの「ドル売り・円買い」を行えば、世界中の投機筋も黙ってはいません。
そうなれば、為替市場はもはや大混乱に陥ります。
何より、米国との関係性や、そもそも米ドル建ての大半の外貨準備を失った後の日本や日本円への信用問題、更には日本から大量流出した1兆ドルがどうなるか、などなど・・・。
この『政府が外貨準備による為替差益300兆円を国民に還元する』という2つ目の仮定の時点で、山ほど議論すべきところが出てくるのですが、ひろゆき氏と高橋洋一氏の争点は、この部分ではないため、この部分も、現状の経済状況をそのまま維持できる前提で終息できたと「仮定」します。
ここでようやく、ひろゆき氏、高橋洋一氏の私見が食い違っている部分を議論できるわけです。
2つの仮定を経た上で食い違う両名の帰結。
この仮定を経た上で、ひろゆき氏、高橋洋一氏の私見がそれぞれ食い違っているのが以下の部分です。
なお、上記の高橋洋一氏の主張に対して、ひろゆき氏は『数式も根拠もない』という批判を追って投稿していますが、これに対して高橋洋一氏はテレビ出演時に示した以下のフリップを「数字の根拠」としてポストしています。
これに対して、ひろゆき氏は以下のように投稿。
確かに高橋洋一氏が公開したのは10%円安時における「自国・他国のGDPに与える影響」となっています。
ですが、高橋洋一氏がこれを「数字の根拠」にしているということは、150円水準のドル円レートが300円になる100%の円安時は、10%円安時の10倍の影響があると主張しているのだと思います。
10%の円安時におけるGDPの成長率が0.4~1.2%増という試算を示していますので、これをそのまま10倍すれば、100%(150円⇒300円)の円安時には4~12%の成長率を見込めるということなのだと思います。
自国通貨安に対する経済成長(GDP成長)の試算と根拠。
なお、この「10%通貨安」に対する経済成長(GDP成長)の試算については、おそらく歴史上の先進国を対象に「自国通貨安」に対する「GDPの成長率」を統計して算出したものであり、これは歴史と統計が証明している客観的な事実かと思います。
その一例として、日本のドル円レートに対するGDPの成長率の推移を以下に示しますが、2011年10月頃のドル円レートは75円台で、2022年の10月に同レートは一度150円台に届いています。
2011年から2022年までの11年間で、実際にドル円の為替レートは、まさに100%円安方向(75円→150円)に動いていたということです。
以下、この間の日本のGDP(名目GDP)の推移を表したグラフになります。
ここで論点となっているのは「為替レートの円安への変動率」に対する「経済成長率(GDP成長率)」なので、この2つを2011年のドル円レートおよびGDPを基準とする「変動率」と「成長率」でグラフにしてみました。
自国通貨安が「経済成長(GDP成長)」に寄与する、いわゆる『近隣窮乏化』のメカニズムは、必ずしも各年度の為替レートが、そのまま経済成長に反映されるわけではありません。
その前提の上で、上記で例示した2011年から2023年までのドル円レートの円安方向への変動率に対するGDPの成長率は、十分に10%の円安変動率に対して0.4~1.2%増の経済成長率(GDP成長率)を示していると思います。
最終的には2023年度のドル円の平均為替レートが2011年の為替レートに対して80%の円安変動率を伴った際、GDPは2011年のGDPに対して18%増加(成長)しています。
よって、高橋洋一氏が述べた『1ドル300円の円安で20%の成長率』という主張は、ここで例示した2011年から2023年にかけてのドル円レートの円安進行に伴うGDP成長率を「根拠」として述べたものなのかもしれません。
円の価値をほぼ半減させての経済成長(GDP成長)の是非。
この時点で、高橋洋一氏が主張した3つ目の仮定(仮定3)については、その根拠を結び付けることができたと思います。
ですが、GDPの成長を「経済成長」と定義するとしても、米ドルに対する日本円の価値が実質的に半減した事実に変わりはありません。
そのような代償を伴う「経済成長」が、本当に私達、日本国民にとって良いのかどうかは、また別問題だと思います。
実際に円安が進行して1ドル300円という状況になり、その際にGDPが20%増加して「経済成長」が伴っていたとしても、本当に「誰も文句を言わない経済状況」が実現できているのかどうか。
これが次の論点であり、この点において、ひろゆき氏は『あらゆる商品の価格が2倍になり、国内で働く人の手取りは変わらず、実質的に現状の半分のお金で生活しなければならなくなる』と、高橋洋一氏の主張を批判したわけです。
確かに、あらゆる商品の価格が2倍になってしまうなら、政府がドル建ての外貨準備を売却して得た為替差益の全てを国民に還元し、その金額が一人あたり250万円になったとしても、それを受け取って「良かった」と思うような人はまずいないと思います。
-あらゆる商品の価格が2倍になる時点で、十分な経済成長があろうと、国民一人あたり250万円の支給があろうと、不満がある人が続出するだろう。
これがひろゆき氏の見解なわけですが、高橋洋一氏はこの見解を一蹴し、円安に伴う経済成長(GDPの増加)と為替差益からの一人あたり250万円の支給でほとんどの国民は「文句を言わない」と断言しています。
ですが、高橋洋一氏が、ひろゆき氏の見解に対して示しているのは、ここで示したような「円安に対する経済成長の根拠」のみで、経済成長(GDPの増加)と250万円の支給で1ドル300円にまで進行した円安による不利益をカバーできるという根拠は示せていません。
ひろゆき氏は、その「不利益」を『あらゆる商品の価格が2倍になる』と指摘し、経済成長も一人あたり250万円の支給も、その不利益には及ばないだろうと主張しているわけです。
1ドル150円から300円への「円安経済」を考察する。
よって、ひろゆき氏と高橋洋一氏の論争は結局のところ、円安に伴う経済成長および250万円の支給によって、1ドル300円もの円安経済に伴う「不利益」が、ほぼ誰もが文句を言わないレベルのものに納まるのかどうか。
この一点に尽きるのではないかと思います。
そこで追求するべきなのは、現状150円台のドル円相場が300円まで円安に動いた時、具体的にどのような不利益が生じるのか。
ひろゆき氏が言うように、あらゆる商品の価格が2倍になるような状況に陥るのかどうか。
そして、円安に伴う経済成長(GDPの増加)は具体的に、私達にどのような恩恵をもたらすのか。
これらの点は、過去にドル円の為替レートが実際に100%の変動率を伴った際における、経済成長率、物価、賃金の水準などは実際にどうなっていたのか、これらを具体的なデータから検証していけば、少なからず見えてくる部分だと思います。
ひとまず今回の記事では、ひろゆき氏と高橋洋一氏による論争の経緯、それぞれの主張とその真意の整理などを行わせて頂きました。
次の記事では、上述した経済指数などのデータ検証も交えた上で、可能な限り今回の「円安肯定論争」における答え一端や、その糸口を導き出せればと思います。
興味があれば、またお付き合いください。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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