紫陽花の咲く頃

紫陽花の咲く頃   作:高木優至

木嶋 こより  高校2年生
福田 裕太   こよりの片思いの相手
瀬尾 麻里奈  こよりの親友


〇こより家玄関

   こよりが来て靴を履く。

こより あ、大丈夫。忘れ物なんてしないよ。

   こより、傘をちらりと見る。

こより 行ってきます。

   こより、玄関を出て空を見上げ雨が降っていないか確認する。

こより よし、大丈夫。

   こよりが通学していると麻里奈がやって来る。

麻里奈 おっはよ。
こより おはよう。麻里奈
麻里奈 何だ?朝からしけた面してんなー、こよりは。
こより 別にしけた面なんてしてないよ。
麻里奈 ここに、し・け・たって書いてあんだよ。
こより 書いてありません。そんな訳ないでしょ、顔洗って来たんだから。
麻里奈 朝から冷めてんなぁ、こよりは。
こより 別に冷めてません。麻里奈が元気すぎるんだよ。
麻里奈 そりゃあ元気だけが取り柄の麻里奈さんですからね。
こより そうだねー。
麻里奈 そうだねー。…で流すんじゃねぇよ。
こより あら。流しちゃダメだった?
麻里奈 ダメに決まってんだろ。お天道様が許してもこの麻里奈様は許しません。ってこより。
こより ん?
麻里奈 傘は?
こより え? 持って来てないよ。
麻里奈 マジかよ! この空で90%だぞ? ありえねぇだろ。
こより 大丈夫だよ。私晴れ女だし。
麻里奈 お前、晴れ女だからって毎日毎日晴れると思ったら大間違いだかんな。ってほら。ポツポツ来てんじゃん。
こより これは降ったという内には入りません。
麻里奈 何だよ。その俺様理論。こより、変な所で頑固だよな。
こより 何せダイヤモンドから生まれてきましたからね。
麻里奈 はいはい、意味がわかりませんって。もう濡れる前に行くぞ。
こより そんなに急がんでも大丈夫だって。

   麻里奈、先に行く。こより、後を追いかける。

〇学校玄関

   麻里奈がやって来る。

麻里奈 いっちばーん。

   こよりがやって来る。

こより 私と麻里奈しかいないんだからそりゃ一番になるでしょうよ。
麻里奈 何だ? 負け惜しみか?
こより そんなんじゃないし。元気だけが取り柄の麻里奈様にはかないません。
麻里奈 だろ?
こより いや、皮肉で言ったんだけど。
麻里奈 誉め言葉は全部受け取る質なんで。
二人 え?(笑い合う)
こより バカなこと言ってないで教室行くよ。
まりな 言い出したのはこよりだろ?
こより いや、麻里奈です。

   福田がやって来る。

麻里奈 お! おはよ。裕太。
福田 おはよう。相変わらず声でけえな。
麻里奈 生まれつきなんだよ。ごめんな。
福田 知ってる。
こより お、おはよう。
福田 おはよう。朝から女子は元気だな。
こより 一緒にされると困る。
麻里奈 何だよそれ、こよりも同類だろ?
こより 同類ではない。
福田 相変わらず面白れぇなお前らは。
こより 一緒にされると困る。
麻里奈 もはや二人は、一身…。
こより 同体ではない。
麻里奈 つれないなぁ。こよりは。
福田 (笑う)俺は先行くぞ。
麻里奈 ああ、行け行け。ケダモノは先に行ってしまえ。
福田 ケダモノではない。
麻里奈 ちゃんと否定してくるそういうとこ好き。
福田 言ってろ。いつまでもこんな所でイチャイチャしてんじゃねえぞ。
こより 別にイチャイチャなんてしてないし。

   福田、教室へ行く。
   麻里奈、にやにやしながらこよりを見る。

こより 何?
麻里奈 いや、何でも。

   麻里奈、教室へ行く。

こより 何でもないことないでしょ?

   こより、教室へ行く・

〇教室

   麻里奈、こよりの前の席。福田は廊下側の後ろの席。

麻里奈 あー、もう。早く昼になんねえかなぁ。
こより 毎日言ってるよねそれ。
麻里奈 毎日お昼が楽しみでしょうがねぇんだよ。毎日お昼が楽しみでしょうがねえんだよー!
こより 何で言い直した?
麻里奈 なあ、こより。
こより はい?
麻里奈 毎日お昼しかない学校って…。
こより (食い気味に)ない。
麻里奈 はえーよ。否定すんのがはえーよ。何で勉強なんてあるんだよー。
こより 麻里奈みたいな人がいるから…。
麻里奈 出ました優等生発言。私は勉強しに学校に来てんじゃねぇんだよ。こちとら友達作りに来てんじゃボケー!
こより 言い切った。
麻里奈 で、こよりはどうよ?
こより え?
麻里奈 そこそこ頭の良いこよりさんは…。
こより そこそこは余計です。
麻里奈 どうなんですか?
こより どうって…。
麻里奈 どうって?
こより どうってことも無いです。
麻里奈 濁したー! 丹波池の淀んだ水並みに濁したー!
こより そんなに淀んでないよ。
麻里奈 ただ学校に来て、ただ勉強をして、そこそこの成績を取って帰っていく。
こより だからそこそこは余計だってば。
麻里奈 そんな何もない毎日で良いんですかー?
こより いや、何もなくはないけど。
麻里奈 ないけど?
こより 私はこれでいいんです。
麻里奈 あーんもう、そうじゃなくて。聞いちゃう。もう直球で聞いちゃうよ。
こより 何?

   麻里奈、福田を見る。

麻里奈 どうなんですか?
こより え? え! べ、別になんも無いし。
麻里奈 わっかりやす。別になんも無いのはわかってるけど、こよりの気持ち的にはどうなんですかって事。
こより え、え。
麻里奈 あんねぇ、こちとら幼稚園からの付き合いなんだわ。あんたの思っていることは手に取るようにわかるっつうの。奴とも小学校からの付き合いなんだし、そろそろ…どうよ?
こより え、え、どっどっどっどう。
麻里奈 落ち着け。ちょっと一回落ち着け。ほら深呼吸しろ。
こより ひー、ひー、ふう。
麻里奈 いや、それで落ち着くんならいいけどさ。
こより 私は、その。
麻里奈 私は?
こより もう少し。
麻里奈 もう少し?
こより ちょっとだけ。
麻里奈 ちょっとだけ?ってあーもう、はっきり言えよ。
こより お、お近づきになりたい。
麻里奈 …ってそれだけかよ!
こより それだけじゃないよ! 麻里奈、それは間違ってるよ。このちょっとが私には大きな一歩なんだよ。猿が原子爆弾持ったくらい大きな一歩なんだよ。
麻里奈 大袈裟なんだよ。
こより 大袈裟なんかじゃないよ。私にとっては大きな一歩なの。この一歩を踏み出すのにどれだけ私が…。
麻里奈 わかった。わかったから。じゃあその一歩、踏み出そうぜ。
こより そうだねって、え?
麻里奈 この麻里奈様が一肌…いや二肌でも三肌でも脱いでやろうじゃねぇか。
こより え? いやあの、麻里奈さん?
麻里奈 このままでいい訳がねえだろうが。
こより いや、まあそうだけどさ。
麻里奈 だったらもう!
こより やるしかねえ! ってえ? え? まだ心の準備が…。
麻里奈 準備なんて散々今までしてきただろうがほら、いつやるの?
こより 今でしょ。って古っ。

   福田が来る。

福田 さっきからチラチラチラチラ。気になるんですけど?
麻里奈 お前はまだお呼びじゃねえんだよ。
福田 あ? 意味わかんないんですけど。
麻里奈 女子の会話に首突っ込むなって言ってんの。
福田 は? 俺の質問は? これだから女子意味わかんね。
麻里奈 こっちは意味わかってんだよ。
福田 いやそりゃそうだろうよ。
こより 喧嘩は止めてー!

   チャイムが鳴る。

こより ほら、授業が始まるよ。ほらほら。
福田 しょうがねえな。木嶋もこんな奴と居て疲れねえか?
麻里奈 疲れねえよ。
福田 お前が言うな。
麻里奈 何だやんのか? またぞうさんの時みたいに泣かすぞ。
福田 小1の話いつまで言ってんだよ。
麻里奈 あ”あ”~ん?
こより 喧嘩は止めてー!

   暗転。

〇教室

   雨の音。チャイムが鳴る。そそくさと出て行くこより。

麻里奈 こより、一緒に帰ろう。って居ないし。帰るの早っ。

   福田が来る。

福田 振られてやんの。
麻里奈 そんなんじゃねえし。こよりにはこよりのやることがあんだよ。
福田 そうなんだ。
麻里奈 そうなんだよ。
福田 一緒に帰ってやろうか?
麻里奈 お情けムカつく。
福田 別にそんなんじゃ。
麻里奈 マジで言ってんのか?
福田 どう思う?
麻里奈 …逆方向だろ。
福田 だよな。
麻里奈 アホなこと言ってないで雨酷くなる前にさっさと帰れ。
福田 お前もな。
麻里奈 秒で帰るよ。
福田 そりゃあ濡れなくて結構な事だ。
麻里奈 バカにしてんだろ。
福田 今に始まったことじゃないだろ。
麻里奈 …そうでした。じゃ。
福田 じゃ。風邪ひくなよ。
麻里奈 ひかねえし。
福田 ああ、そうだったな。
麻里奈 ムカつく。お前はひけ。
福田 ひかねえし
麻里奈 そうでした。
福田 ムカつく。帰る。
麻里奈 帰れ。どアホが。

   福田、帰る。

〇学校玄関

   こより、靴を履き替え、雨足を見る。

こより 凄い雨ですなあ。

   麻里奈がやって来る。

麻里奈 こーより。だから傘いるって言ったじゃん。
こより だねー。これじゃ晴れ女も形無しですわ。
麻里奈 365日晴れる訳がないでしょうが。
こより ですなー。
麻里奈 一緒に帰る?
こより あー、実はね。一歩踏み出してみようかなって思ってんだ。
麻里奈 え? 何々? 何すんの?
こより 私ね。待ってたんだ。この日を。
麻里奈 ん? 土砂降りを待つ女って…暗くね?
こより 暗くて結構。私ね小さい頃からやってみたかった事があるんだ。
麻里奈 今でも小さいけどね。
こより 普通に傷つくよ?
麻里奈 ごめん。何々?
こより 私さ。晴れ女じゃない?
麻里奈 そうだね。
こより 男の子とさ。相合傘ってやってみたくて。
麻里奈 可愛い。
こより ありがとう。
麻里奈 だから持ってこなかったんだ。
こより そう。それでね…。
麻里奈 わかったわかった。皆まで言うな。お邪魔虫は退散しますとも。そうかい、そうかい。そうだったのかい。
こより なんか田舎のおばあちゃんみたい。
麻里奈 こより。
こより な、何?
麻里奈 ファイトだよ。
こより うん、ありがと。
麻里奈 じゃあまあ、頑張れ。めたくそ応援してる。
こより 麻里奈…ありがと。頑張るね。

   麻里奈が去る。
   こより、福田を待つ。
   福田がやって来る。

福田 うっわ、めっちゃ降ってんじゃん。ん? あいつ傘無いんか?

   福田、立っているこよりにスッと傘を出す。

こより えっ!
福田 使えよ。
こより いや、でも。
福田 傘無いんだろ? 俺はどうにでもなるし。

   出て行こうとする福田の手をとっさに掴むこより。

こより ダメ。
福田 え?
こより 濡れちゃうよ。風邪ひく。
福田 そうかもしれんけどさ。今はかっこよく雨の中飛び出して行く所じゃね?
こより あ、ごめん。
福田 いや、良いけど。(間)送ってくよ。
こより ありがと。
福田 …帰ろ。
こより うん。

   傘をさして歩き出す二人。

福田 傘、ちっちゃくてごめん。
こより え、何?
福田 いや、ちっちゃくてごめんって。
こより いや、あの、大丈夫。
福田 父さん母さん以外で相合傘するのなんて初めてだな。
こより そうだね。
福田 …大丈夫か?
こより え、何が?
福田 いや、大丈夫ならいい。
こより うん。(間)あのさ。
福田 何?
こより あのね。私…傘忘れたの。
福田 うん、知ってる。
こより あ、そうだよね。何言ってるんだろ私。いや、そうじゃなくて。
福田 大丈夫か?
こより うん。大丈夫、大丈夫です。はい。
福田 何のはい?
こより あ、いや、いいの。気にしないで。自分の事だから。

   こより、深呼吸。

こより 福田君。
福田 ん? 何?
こより あのね、あの…私さ。私ね。夢だったんだ。
福田 夢?
こより うん。こうしてね。こうして歩くの。
福田 …雨ん中俯いて歩くのが夢なのか?
こより 違う! 違うよ福田君。違うでしょ。
福田 なんかごめん。
こより バカ。
福田 だからごめんって。
こより …許す。

こより、紫陽花を見つける。

福田 あ、綺麗だよね紫陽花。
こより うん。綺麗だね。私ね……好きなんだ。
福田 ああ、俺も紫陽花好き。
こより うん。紫陽花も
福田 いやあ、うちの庭にも咲いててさ。毎年凄い綺麗なんだ。
こより 本当に好きなんだね。
福田 ああ、好きだよ。あれ? ちょっと赤くない? 大丈夫か?
こより いや大丈夫。私は大丈夫だから、そんなに見なくていいから。
福田 花見て赤くなるなんて、木嶋も可愛いとこあるんだな。
こより うっさい。
福田 耳まで真っ赤だぞ?
こより うっさい、それ以上言うな! いじわる。
福田 ごめんて。そんなムキにならんでも。
こより 嫌い。
福田 だからごめんて。
こより 嫌い。嫌い嫌い嫌い嫌い。
福田 ごめんて言ってるだろ? どうした?
こより 仕返し。うろたえてる福田君も可愛い。
福田 お前、マジで…傘没収。
こより あー、ダメ。没収しないで。
福田 ごめんなさいは?
こより ごめん…なさい。
福田 よろしい。傘復活。(間)明日は晴れるといいな。
こより そうだね。きっと大丈夫。なんせ私、晴れ女だから。
福田 そんなこと言っといて熱出して寝込むなよ。責任感じるから。
こより 別の意味で熱出ちゃうかも。
福田 ん?
こより 何でもない。
福田 何だよ。気になんだろ。
こより 何でもないったら、何でもないの。
福田 何だよ、教えろよ。
こより やだったら、やーだ。

福田M 紫陽花を背にしていたずらに笑う君は、いつもより少しだけ可愛く見えたんだ。そう、いつもより少しだけ。

   暗転。終幕。

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