日記より25-5「処分品」

     日記より25-5「処分品」            H夕闇
          四月二十一日(水曜日)晴れ+強風注意報
 廃品無料回収の散らしが郵便受けに入って、けさプリンター二台と電気炊飯(すいはん)釜(がま)を出した。
 九時過ぎに僕が買い物へ出掛(でか)けた時、それは(出した時の侭(まま))三つ重なって、玄関先に有った。間も無く妻が散歩へ出た時にも、確かに有ったそうだ。だが、十時頃に僕が帰宅した時には、もう無くなっていた。その一時間足らずの間に持って行かれたのだろう、家族が気付かない間に。多分そういうものなのだろうが、何だか物足りない印象が(僕の場合い)残った。
 あの三台は今頃どこに行ったのだろうか。恐らくは、回収業者の殺風景(さっぷうけい)な処分場に、他の猥雑(わいざつ)な廃棄物と一緒(いっしょ)くたになって山積みされていることだろう。

 あの一升(いっしょう)炊(だ)きの自動炊飯器は、我が家で家族が最も多かった時期に活躍した物である。当時お下がりを平らげていた愛犬が先ず逝(ゆ)き、震災の最中に父が続き、更に子供らが次ぎ次ぎと独立した。
そして、夫婦二人では釜が大き過ぎると思うようになった頃、具合いが悪くなった。旨(うま)く米が炊(た)き上がらなかったことは以前にも何度か有ったが、外釜の底や蓋(ふた)の受け部分に米粒などが残っていて、それが邪魔(じゃま)したらしく、掃除(そうじ)すれば済んだ。所(ところ)が、今回は炊き上がった飯が保温中に(一部だが、)硬くカリカリに干からびてしまうのだ。その塊(かたまり)を味噌汁(みそしる)に入れ、ふやかして食べれば、食べられないことも無い。そうやって、暫(しばら)くは騙(だま)し騙し使い続けた。
 その内に、小型の電気釜が安価で買えることを新聞の折り込み広告で知って、到頭(とうとう)それに買い替えることを決めた。新品が宅配便で届き、実際に使っているので、お払い箱になった炊飯器は(勿論(もちろん))捨てるしか有るまい。妻が市に問い合わせると、費用が掛かり、その上に手続きも面倒(めんどう)らしい。それで仏間の片隅に放置された侭、ウッスラ埃(ほこり)が浮いた。
 それから半年程も過ぎたろうか、先日ポストに廃品回収の広告が入ったのである。何せ無料、お負けに(電話で確かめると、)七面倒(しちめんどう)な申し込みマニュアルなど無く、先方から引き取りに来てくれるとのこと。渡りに船とばかり、指定日の本日、玄関口(道路から見える所)へ出しておいた。例の散らしを貼り付けて、処分品の目印とするのである。後は、その貼り紙を確かめて、巡回する回収トラックへ勝手に積み込まれ、黙って持ち去られるだけ、という簡便な手筈(てはず)である。
 それでも、もし家に人が居(い)れば、声を掛けたのかも知(し)れないが、偶々(たまたま)誰も居なかった。いつ取りに来るのか、明確な時刻は分からず、それぞれの都合(つごう)に従って外出したタイミングで、持って行かれたようだ。
 出来れば、僕は最後に見送りたかった。その為(ため)に、(玄関先とは言っても、)居間に近い階段の窓から時々所在を確かめられる場所へ、それらを置いたのだ。

 日記や手紙のゲラ刷(ず)りを作るのに、あのプリンターは大いに働いてくれた。決定稿とする前に再確認するには(ディスプレー上だと、なぜか僕は屡々(しばしば)見落としするので、)どうしても紙で最終校正したいのである。機械が苦手な僕ら(元へ、僕)には、御機嫌(ごきげん)が麗(うるわ)しくないと、お付き合いが大変で、取り扱いが中々(なかなか)難しく、ここ数年の内にプリンターを二台お釈迦(しゃか)にしてしまった程である。
 無論、電気炊飯器には、家族全員お世話になった。人口減少の時代の波が我が家へも急に押し寄せて来たが、十年余り前は三世代の大家族プラス一匹。これだけの人数の腹を日々満たしてくれた釜には、大変に感謝する筋合いである。
 それら三台を(云(い)わば、出棺の際)見送りもせずに長の旅へ出してしまったとは、痛恨の極み。廃品回収の簡略な段取りが世に受け容れられている所を見ると、そんなセンチメンタルな事柄に対して忙しい現代人は一顧も与えないのが、通例なのだろうか。増(ま)してやマンションなど居住空間が狭くて「断捨離」とやらが持(も)て囃(はや)される昨今、無料で対面もせず(詰(つ)まり合理的に)処分できたら、御(おん)の字なのであろう。然(しか)し、僕にはアナログ世代の感傷が、色濃い。お見送りも致(いた)さず、、、という所に何とも思いが残る。拘(こだわ)ってしまう。家人に言ったら、きっと小馬鹿(こばか)にされるに違い無いが。

 レア・メタル(希少金属)、中(なか)ん就(づ)くレア・アース(・エレメント=希土類元素)。一頃程には聞かれなくなったニュースの言葉だが、コロナ下で(日本では屈指の半導体工場で火災も有って)半導体の供給量が急激に落ちたから、又きっと脚光を浴びる筈(はず)だ。
 レア(稀(ま)れで)然(しか)も産出量が(人件費の安かった)中国に偏在する鉱物資源。これが無いと、スマホから自動車まで先端産業が立ち行かない。そこを輸出規制や関税で武器に使う。米帝(アメリカ帝国主義)と世界の覇権を争う中国は、この戦略を採(と)った。「一帯一路」構想の一環だろう。今日のマスク外交やワクチン外交の一つ前の手練(てれん)手管(てくだ)だ。ちょうど、石炭が斜陽化し「第三の火」原子力が実用化される以前、アラブ産油国がOPEC(オペック)石油輸出国機構を組んで欧米の巨大資本(メジャー)に挑(いど)んだ半世紀前のように。オイル・ショックでトイレット・ペーパーが品切れのいうニュースが、不可解だった。
 きょう捨てたプリンターにも(PC(パソ・コン)同様)レア・メタルが使われていたかも知(し)れない。電気炊飯釜もICチップ(集積回路)が内蔵されていたろうか。(何しろ機械音痴(おんち)の言うことだから、当てにならないが。)廃品を分解して内部から希少な金属を取り出す再利用(リサイクル)産業が、中国の鉱山に対抗する。これを称して「都市鉱山」と云(い)うそうだ。
 我が家の処分品も、そんな形で持続可能ならば、喜ばしい。全く同様に、もし僕が脳死した場合い、臓器提供して誰かの命をサステイナブルにするのなら、喜ばしい。      (日記より)

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