「もっと自由に働きたい」家入一真さんとの出会い
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前々回の記事の登場人物、安藤美冬さんをベンチマークして以来、
オンライン記事の対談企画で、とてつもなく興味深い方を発見しました。
家入一真さん
(当時のお写真)
「死にたくなるぐらいなら逃げろ」
当時の僕には、最高の救いの言葉でした。
著書「もっと自由に働きたい」を何度も何度も何度も読んで、
・自分らしく生きたい
・自分らしく働きたい
と、今までの生き方や働き方を省みて、憧れるようになりました。
家入さんのTwitterをフォローし、「会いたい人がいたら来ていいよ」的な投稿を見つけ、いてもたってもいられず、アポ無しで、家入さんに会いに東京に向かう事にしました。
(今思うと、めちゃくちゃ"ありえへん"行動w)
今までの僕のダメダメな人生と決別して、
僕の”自分らしく”を見つけたくて…
TwitterのDMを使い、家入さんを追いかけ回すこと、数時間…
当時、設立して間もないcampfireの事務所まで行き、スタッフの方々をドン引きさせた結果、
その日の夜に、新橋駅近くで、家入さんが登壇されるイベントがある事を教えていただき、
「行けば会えるかも」とスタッフさんが言ってくださったおかげで、新橋へ移動しながらDMを送り
ついに!イベントの登壇前に、家入さんが時間を取ってくださり会える事に!!
そして…サイゼリアでビールを奢っていただきました。(※僕、ビール飲めないのにw)
その時、家入さんから言われたのは
「できそうな事を探すよりも、自分へのチャンスを待つよりも、自分にできる事で誰かの何かの役に立てそうな所に顔を出して行くといいよ。その為のLiverty(リバティ)だから。」
と。
Livertyとは、「自由に生きろ」をテーマに、行き詰まったり、生きにくさを感じてる若者の"逃げ場所"として、家入さんを中心に立ち上がったコミュニティで、有名どころで言うと、誰でも簡単にネットショップを開設できる「BASE」もココからスタートされました。
その、Livertyを通じて、とにかく人に会いまくり、興味があれば何処へでも行きました。
東京はもちろん、
・東日本大地震の被災地まで髪を切りに行く
・ 風評被害を受けた食材を使った「解放食堂」にスタッフとして参加したり
・Livertyに集まった関西メンバーで『リバ邸』というシェアハウスを梅田に立ち上げたり…etc.
今も受け継がれるフットワークの軽さは、この頃から培われました。
「こんな自分でもできる事があるんや」
「やれる事を自分から率先して一生懸命やれば認めてもらえるんや」
今思えば、そんな普通な事すらもできない程に自信も気力も無くしてしまっていたので、とても効果的なリハビリになったと思います。
そんな、家入一真さんと出会う少し前、ある変化がありました…
別居からひと月?ふた月?経った、ある週末。
働き方に変化がおとずれました。
ことの始まりは、広告営業のサラリーマンの時に営業先だった専門学校の同級生のNさんとの再会でした。
Nさんは専門学校を卒業し、その数年後、地元で独立し、美容室を開業されていました。
その時から仕事の悩みや、いずれ、サラリーマンを辞めて美容師として戻りたいという相談にのっていただいた事がキッカケで、サラリーマンを辞めた後も交流がありました。
(※Nさんの美容室が、当時の自宅から近かったのも大きな理由)
当時のNさんの美容室には、他にアシスタントの方が1名いらっしゃって、お2人で営業されてました。
ある日、美容室で撮影をされるという事で、工場での仕事終わりに撮影のアシスタントをしにNさんの美容室に向かい、現場の楽しさを思い出させていただきました。
そこから、僕が美容師として復帰したい気持ちが再燃するのに時間はかからず、さらには、Nさんに「週末だけでもウチおいでよ」の一言で、週末限定だけど、念願だった『美容師としての復帰』の第一歩を歩ませていただく事になりました。
(今より老けてるのは気のせいでしょうか…??w)
平日は工場勤務
週末の昼間は美容師
夜はレストラン
とにかく働きまくりました。
僕の生活費とは別に、元妻と娘の生活費も払い込みしなければならなかったので、働いて働いて働きまくりました。
家入さんとの出会いも相まって、僕の活動に拍車がかかり、次々と目の前の事や、出来そうな事に挑戦していきました。
ただ、その時には頭の片隅にはあった【ある問題】が少しずつ少しずつ、僕を蝕んでる事には気付きもせず、とにかく人に会いまくり、どこへでも行き、あるはずの無い財産と使える時間を惜しまずに投資しまくりました。
この頃から東京へも何度も行くようになり、「バカでも年収1000万円」の著者・伊藤喜之さんの講演会にも行き、そこで出会った方とノリと勢いだけで、イギリス旅行をする事を決めたり、
家入さんが教えてくれた
「自由に生きろ」
を体現し、実現させ、着実に"やりたいようにやる生き方"ができるようになっていきました。
そうして、ついに念願だった
イギリス旅行へ。
その後、生涯忘れることのできない
『7月』
が待っているとは、この時は予想もできませんでしたが…。
続きは次回。
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