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社内事情〔18〕~目撃~

 
 
 
〔瑠衣目線〕
 

 
 坂巻瑠衣(さかまき るい)。29歳。

 海外営業部・アジア部所属。現在、海外赴任中。企画室所属の藤堂颯一とは元・恋人同士。勝ち気で負けず嫌い、向上心は強い。里伽子と仲が良い。

 初夏の頃、何となく耳に入って来た不穏な噂は、秋が深まる頃には、社を挙げて対策を講じる必要がありそうな問題へと大きくなっていた。

 夏に一時帰国した時には、まだ里伽子は知らなかったみたいだから、本当にここに来て急激に動いたのだと思う。

 今は既に、米州部の片桐課長を中心に情報が飛び交い、どうやら里伽子もドップリ足を突っ込まされそうになっているらしい。

 里伽子のことだから、さぞかし面倒くさがっているんだろうけど……まあ、仕方ないわよね。

 だって、里伽子はアジア部の要だし。本人は自覚ないみたいだけど。部長なんてガッツリ頼りにしまくってるわよね。しかも、女性陣の中だけでなく、男性陣を交えた中でもハイスペックだもの。

 実は、里伽子に関しては、もうひとつ気になることがある。

 夏に会った時に、何となく……何となく感じただけなんだけど。

 里伽子、つき合ってる……のかまではわからないんだけど、誰か好きな人でも出来たんだろうか?

 本当に勘でしかないんだけど、少し雰囲気が変わったような気がしたのよね。泊まりに行った時も、何か部屋の中に他の気配を感じたし。

 でも里伽子、結構、秘密主義って言うか、面倒くさがりであんまり自分の方から話さないのよね~。

 ……と。メッセージだわ。……って、え、これ……。

 そのメッセージは、私が懇意にしている取り引き先の人からだった。彼━堀川さんはアジアだけでなく、ヨーロッパやアメリカの情報にもワリと通じていて、時々、かなりレアな情報を流してくれる。

 今、我が社で問題になっているアメリカの企業━R&S社━の話を、最初に教えてくれたのも実は彼だった。

 いろいろ話していて知ったのだけど、堀川さんの上司の奥様が、昔、我が社に勤めていたらしい。だから、もしかしたら、そう言った親しみも込めて、なのかも知れない。

 その堀川さんからのメッセージによれば、件のR&S社の社長であるリチャードソン氏に似た人物を、北欧に立ち寄った折に見かけた、と言うのだ。

 「北欧……?」

 私は思わず呟いていた。もし、堀川さんが見かけた人物が本物のリチャードソン氏であるなら、消息が知れないと言うのもただの噂である可能性が高い。

 私は堀川さんに確認をし、そのまま里伽子に電話をかけた。今の時間なら、里伽子は大抵自宅にいるはずだ。

 『はい、今井です』

 「里伽子?……今、外?」

 里伽子の声が少し揺れているように聞こえる。

 『歩いてるけど大丈夫よ。何かあったの?』

 「今、取り引き先の懇意にしてる人から連絡があって……その人、かなり情報通なんだけど、今、我が社で問題になってるR&Sの社長について目撃情報くれたのよ」

 『え……?』

 さすがの里伽子も驚きを隠せないようだった。

 「もちろん、本人だって保証はないわよ。だけど、かなり似てる人をストックホルムで見かけたそうよ」

 『……って言うか、何で私に電話してくるのよ?』

 いきなり我に返ったらしい里伽子が訊いて来る。今さら何言ってんのよ、って感じだわ。

 「だって、私が直接、片桐課長や颯に連絡する訳にはいかないわよ」

 私の言葉に、『そりゃ、まあ、そっか』と呟き、

 『わかった。報告しておくわ。ありがとう』

 里伽子らしく短く答える。変わらないな、と思わず吹き出しそうになりながら、

 「ねぇ、里伽子」

 『ん?』

 「あなたさ……誰かいい人、出来た?」

 私は感じていたことをストレートに訊いてみた。━けど。

 『は?何で?』

 普段と全く変わらない様子で訊き返され、気のせいだったか、と少しがっかり。

 「ううん。何となく、ね。……また何かわかったら連絡するわ」

 里伽子との電話を切ると、いくらも経たないうちにメッセージが入った。今度は彼から。

 『瑠衣さん。今年の年末年始、帰って来ないんでしょ?おれがそっちに会いに行ってもいい?』

 ついつい顔がニヤけ、周りに誰もいなくて良かったとホッとする。

 今の彼は本当に素直で、気持ちをストレートに表現してくれる。私がムキになって意地を張ってても、全然、意に介さない。

 自分の気持ちのままにじゃれついて来て、私がムクれていても、ニコニコしながら「拗ねてないでこっち向いてよ~」なんて言いながら、平気で後ろから抱きしめて来るのだ。

 私がいくら毒づいてもニコニコしている彼に、初めの頃はネジが一本抜けてるんじゃないか、とさえ思ったものだけど。『暖簾に腕押し、糠に釘』状態とは、まさに、これ。

 だけど、いくら何をどうしても変わらない態度の彼に、拍子抜けと言うか毒気を抜かれてしまった。そして何度か会っているうちに、いつもこの調子でいるには、本当は強さが必要なんだ、って気づいた私。

 颯と私の関係に足りなかったもの。それは、きっと、これなんだ。

 彼と一緒にいると、私は颯とつき合っていた時、何をあんなに意固地になってツンツン、ガツガツしていたんだろう、と、過去の自分が不思議にさえ思える。

 たぶん、当時の私じゃ物足りなく思ったのかも知れない彼。だけど、今なら里伽子が言っていた『相性』って、こう言うことだったのかも知れないと思える。

 だって、彼と知り合ってから笑うことが増えた気がするから。一緒にいる時はもちろん、ひとりでいる時でさえ、彼を思い出すと笑っている私。

 颯のように相手の気持ちを尊重する、と言うだけではなくて。

 尊重しながらも、拗ねてる私も、ムクれてる私も、そのままの私をストンと受け入れてくれるのだ。それでいて、自分も思うままに私にじゃれついて来る。

 彼のニコニコした顔を思い出し、つい顔が笑ってしまう。私は穏やかな気持ちで返事を送った。

 『待ってるわ』

 まさか、その休暇の後、我が社最大の危機が待っているなんて思いもせずに。
 
 
 
 
 
~社内事情〔19〕へ~
 
 
 
 
 
 
 
 

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