社内事情〔13〕~不安~
〔静希目線〕
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雪村静希(ゆきむら しずき)。29歳。
類稀な美貌を誇る上に比類なき才媛。ただし、天下無敵のポーカーフェイスに気安く近づける人は少ない。伍堂財閥総帥・護堂希一の庶子。目下、同期で上司の藤堂にベタ惚れられ中。
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海外営業部向けの大がかりな合同企画がひと段落した頃。
夏くらいから何となくウワサは出ていた、あるアメリカの企業に関しての問題が浮き彫りになっていた。
企画室においては藤堂主任も、専務や室長から目を光らせて欲しいと言われていたらしく、私も気になってはいたのだけれど。
それが先日になって、主任だけでなく義兄さまからもその企業の話が出たことにより、事態は重きを置いて良いことが窺える。
それを受け、私も自分なりに現状を把握してみることにした。
総合部にいた頃、各部署から依頼されたり、発信のためにいろいろと作った資料を引っ張り出す。
かつて『RR』と言う社名だった頃からのデータ。式見との取り引き自体はそれほど多かった訳ではない。それでも他社との比較・兼ね合いのために、かなりの情報は集めていた。
RR社からR&S社への社名変更直後。
これはどの企業にも言えるけれど、落ち着くまでの動きはさほど大きくはない。傾向自体にもそれほどの変化は見られない。
ただ、何と言えばいいのか、どこか不自然だった。むしろ、敢えて周りに変化を気づかせないようにしているかのような。
そして何より、その後のR&Sの動き。私はこの動きを、どこかで見た覚えがある気がしたのだけど、どうしてもそれが思い出せなかった。
異動してからのデータを追加し、整理した時点で藤堂主任にも見せてみると、やはりひと目でこの不自然な動きに気づいた。
すぐにも専務と片桐課長に提出したいと言う。私もその意見に賛成だった。
ちょうどその週末は、父が主催する定例会に片桐課長が里伽子さんと出席しているはず。週明けには確認してもらえるだろう。
何かが起きている気配。悪い予感しかしないことが心をざわつかせる。
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その夜、主任と食事を済ませ、部屋でお茶を淹れようとしている時だった。
キッチンに立つ私の背後で、主任の携帯電話が鳴るのが聞こえる。
「……課長?藤堂です」
片桐課長からの電話らしい。と言うことは、定例会は閉会したのだろうか。
「……はい……はい……」
主任の返事からは、課長の言っていることは予想がつかなかった。……けれど。
「……え……あ、はい。それは……ええ……」
その困惑した様子から、何かあったことは間違いないようだ。
「……確かなんでしょうか?」
『確かなんでしょうか?』と言う、どこか不安感を煽る返事に、思わず振り返る。
「……わかりました。実はこちらも見て戴きたいものがあります」
昼間の資料のことを話している。やはり早めに見てもらうのが正解みたいだ。
「はい。では、月曜日の朝一で……はい。失礼します」
電話を切った主任は、携帯電話を握ったまま、溜め息を洩らすようにして宙を仰いだ。ちょうど入ったお茶を持ってリビングに戻る。
「何かあったんですか?」
携帯電話をテーブルに置いた主任は、隣に腰かけた私の顔を見つめると、手を掴んで引き寄せた。
「今日の昼間、課長の前に過去のいざこざが姿を現したらしい」
私を腕の中に抱え込み、苦笑いしながら言う。
「過去のいざこざ……?それは、いったい……」
「……わからない。詳しいことはぼくにも。ただ……」私の問いに首を振る。
「ただ?」
私の髪の毛に指を通しながら、主任は何か考えているようだった。
「……今のR&Sの社長はリチャードソン氏ではないらしい」
「えっ!?」
その言葉に、私の方が驚いて主任の顔を凝視する。R&S社の社長交代のニュースなど聞いた覚えがなかった。
私の心中を読んだのであろう主任は小さく頷き、目を伏せがちに、再び考え込む様子を見せる。
「……いったい、何が起きているんだろう……」
私と全く同じ疑問を呟いた主任は、私の髪の毛に通していた手を静かに引き寄せた。
静かに、私に口づける。
少しして、一度顔を離した主任は、私の額から頬に唇を落とし、再び口づけて来た。今度は深く。
そのまま主任の熱い腕と胸に包まれながらも、何か起きる、と言う確信にも似た予感を拭い去ることは出来なかった。
~社内事情〔14〕へ~
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