社内事情〔4〕~謎の女2~
〔東郷目線〕
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東郷和成(とうごう かずなり)。26歳。
海外営業部・欧州部・東欧担当。ぼんやり、ほんわか、癒し系。だけど要領は良くて、見かけより全然デキる男。ムダにムダな情報収集が早い。
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合同企画の立ち上げもあってバタバタしていたけれど、秋も深まって来たここのところ、ようやく少し落ち着いて来た。
東郷くんは、夏の短期出張の後、つい先日、秋口にも再度渡欧。これが海外営業部の生きる道……ではないけれど、欧州の状況も上々とは言えない。東郷くんも気が気じゃない。
夏頃はまだ企画の決行すら決まっていなくて、内容の詰めだけで右往左往していた状態。あ、右往左往していたのは企画室と営業の上長たちで、東郷くんではない。
でも出張していた東郷くんには、不思議な出会いがあった!これは、もう、絶対に運命の出会いだと思う!……たぶん。
そんなことに浮かれている最中、東郷くんの耳に、何となく不穏なウワサが舞い込んで来た。ひとつは企画室の雪村先輩に関することだったんだけど、それはどうやら解決したらしい。
問題なのはもうひとつの方。
伍堂財閥が動いている、と言うウワサ。企画がまだ稼働していないのに何でだろう?と思っていたら、こないだの欧州出張の時にチラッと聞いた話だと、アメリカの何とかって企業が怪しく蠢いているとか何とか……何だっけ?P&Gみたいな名前の会社。
名前が変わってから、ちょっと気になるってウワサはあちこちで聞いていたんだけど、何がどう気になるのかまでは東郷くんにはわからなかった。でも、いい感じではないらしいことだけはわかる。
その企業のちょっとした噂話を、何故かヨーロッパで聞いた東郷くん。ホントの話なのかわからないから、言ってしまっていいものか悩む。念のためにでも、片桐課長には話しておいた方がいいのかなぁ~。いいよねぇ~たぶん。
そんなこと考えてたある日の昼休み。タイミング良く、社食で片桐課長に遭遇……あ、ダメだ。朽木くんも一緒だ。う~ん。また今度でいっかぁ~。
━そう。そんな風に先延ばしにしてるうちに、東郷くんは片桐課長に伝える機会を失い、そのまま忘れてしまったのだった。あれ?
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合同企画が稼動して1ヶ月くらいは怒涛のように過ぎて行ったけど、東郷くんは『運命の出会い』を本物にすべく、仕事と同時進行で頑張っていた。東郷くんはやれば出来る男なのだ。……やればね。
片桐課長に話すことなんてすっかり忘れていた、そんなある金曜日。たまたま外出先から戻ったところ、社の入り口から少しズレた道端に立っている女の人が目に入った。
年の頃は30代始めくらいなのかな。おとなしそうで目立たなそうだけど、よく見ると結構綺麗な人。
全然、知らない人なんだけど、何故か東郷くんのセンサーがビンビンに反応する。これは一体どうしたことか。
何となく、誰かを探してる風な、誰かを待ってる風な、そんな様子が感じられるから尚更なのかも知れない。別に社の近くにいるからって、ウチの仕事に関係あるとは限らない。だけど、何か、すごーーーく気になる。
気になって仕方ないんだけど、立ち止まって見てる訳にも行かず、まして声をかける訳にも行かない。後ろ髪を引かれつつ、横目で見つつ、通り過ぎて社屋に入って受付の女の子たちに挨拶をする。
営業部の部屋に向かう途中、玄関に向かうところらしい片桐課長がこちらへ急ぎ足で来るのが目に入った。そこで急に件の話を思い出す。
「あ、片桐課長、お疲れさまです!」
「お、東郷、おつかれ。戻りか?」
「はい。あ、あの、片桐課長……」
今しかチャンスはない!と思ったのに……。
「悪い。ちょっと急いでるんだ。すまん!」
「え、あ、あ~課長ぉ~!」
……行っちゃった……。課長、脚、速いなぁ~。
もう、東郷くん、絶対に話す機会ないまま忘れちゃうな。
やっぱり朽木くんがいても話しておくべきだったのかなぁ~。ま、確証はないからいいか。
それにしても片桐課長、何をあんなに慌ててたんだろ?
不思議に思いながら大部屋に入ると、途端に慌てて出ようとしている里伽子先輩とぶつかりそうになった。
「きゃ……!……あ、あ、ごめんね、東郷くん。ちょっと急いでたから……」
「……いえ、おれの方こそすみません。あ、あの、先輩、何かあったんで……」
「ホント、ごめんね!ちょっと急ぐから!」
東郷くんが最後まで訊く前に、里伽子先輩も急ぎ足でロッカールームの方へ行ってしまった。うわ~……里伽子先輩も脚、速っ!
里伽子先輩まで。何かあったんだろうか?……って、いや、米州部の片桐課長とアジア部の里伽子先輩じゃ接点はない気がする。たまたまかな?
部屋の中に目をやると、米州部のシマの傍では、米州部の矢島部長とアジア部の林部長が何やら汗を拭き拭き話しているのが目に入った。
(あれ?もしかして、片桐課長と里伽子先輩の慌てた様子は関係あったのかな?)
何か気になる。でも欧州部とは関係してなさそうだと訊きにくい。あっちもこっちも気になることばっかだなぁ~……すぐ忘れちゃうけど。
部長たちを横目に見ながら欧州部のシマに戻ると、北条先輩が「おつかれ」と迎えてくれる。
「今、片桐課長と里伽子先輩が続けざまに慌てて行っちゃったんですけど、何かあったんですかね?矢島部長と林部長も話し込んでいましたし……」
何とはなしに口に出すと、
「ああ、伍堂財閥の定例の集まりの件じゃないか?中岡先輩の話だと、今回も片桐課長が専務や部長連の代理で出席するらしいから。今井先輩は同伴なんじゃないかな。女性同伴の席らしいから」
そう教えてくれた。
「あっ、夏頃にも一回行かれたやつですか?……片桐課長も大変ですねぇ~」
「……まあ、いろんな意味でな。でも、あの人は絶対に何でも熟す人だから」
「……はぁ……」
北条先輩の意味深な言葉に、またまた頭の中にはてなマークが飛び交う東郷くん。
だけど、この時のチャンスを逃した東郷くん。まさか、課長に伝え損ねた話を、課長が全く別のルートから入手するなんて思っても見なかったんだ。
~社内事情〔5〕へ~
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