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社内事情〔54〕~強行手段~

 
 
 
〔東郷目線〕
 

 
 その日、出先で取り引き先との会食を終えた夕方、社に戻ろうとしていた東郷くん。

 R&Sの覆面車(予想)事件からこっち、何となくクセで裏口に回ることがあるんだけど。社用車が停めてある駐車場を通り過ぎたところ、ちょうど入り口の辺りに一台の車が路上駐車している。よく見るとウチの社用車。

 (あれ?駐車場の入り口、目の前なのに、何でこんなところに停めてるんだろう?まずくない?何か忘れ物でも取りに行ってんのかな……)

 そう思いながら、一応、総合部に報告に行く。万が一、駐禁とか取られたらヤバいもんね。

 「すみませーん。欧州部の東郷ですけどー。今、裏にー……」

 「あれ、東郷くん?」

 中から声を掛けてくれたのは藤堂先輩だった。

 「あ、藤堂先輩。総合部にいらっしゃるなんて珍しいですね」

 「うん、明日のことで打ち合わせ。ちょうど雪村さんもお願いしたことで出かけちゃったから……東郷くんこそ、何か用事?」

 「あ、はい。社用車のことで……」

 「社用車?ああ、使用許可?」

 「あ、いえ、じゃなくて……」

 「はーい。何でしょう?」

 総合部の事実上のボスであるお姉様が現われた。名前は杉山さん。この人は豪快で怖そうだけど、実はそんなに怖くないし、仕事はテキパキしてるし、話しているととっても面白い人だ。……何かあんまり褒めてるように聞こえないかもだけど。

 「あ、え~と、あの……社用車のことなんですけど。今、社用車を使ってる人って誰ですかね?」

 「今、乗り出してる分ってこと?」

 「そうです、そうです」

 「……え~と、ちょっと待ってね」

 パソコンの画面を覗き込み、カチャカチャと操作する。

 「……ところで、何で?」

 え、今ごろになって訊くの?遅くない?最初に訊かない?いや、最初に言わなかったおれもダメなんだけど。

 「あ、や、え~と……今、裏の道端に社用車が一台、停めっぱなしだったんです。忘れ物を取りに行ってるくらいならいいんですけど、運悪いと駐禁取られちゃうし……」

 「そりゃ、まずいわ!え~と……今の借り出しは……」

 何でだろう?藤堂先輩まで結果報告を待つみたいに隣にいるのが気になる。

 「ああ、今、出てるの一台だけよ。え~と?アジア部の今井さん」

 「えっ?里伽子先輩?」

 珍しい。社用車を使ってるのも珍しいけど、里伽子先輩が仕事で忘れ物とかするなんて。何かいつも一分の隙もない感じなのに。

 「へぇ~。今井さんが車で出てるなんて珍しいな」

 ほらほら、藤堂先輩もそう言ってる!

 「あ、じゃあ、おれ、今から営業部戻るんで、時間かかりそうなら移動した方がいいって伝えときます」

 「あら~助かるわ。お願いね~」

 「はーい。……じゃあ、藤堂先輩、失礼しまーす」

 ムダに爽やかな笑顔で送ってくれた藤堂先輩と別れ、海外営業部の大部屋に戻って里伽子先輩を探す。

 (……あれ?いない?)

 あ、ちょうどアジア部のシマに七奈子先輩がいる。訊いてみよっか。

 「七奈子センパーイ!」

 「あれ?東郷くん?どうしたの?」

 「里伽子先輩、見ませんでしたかー?」

 「里伽子先輩?外に出てるよ?」

 あれ?もしかしてすれ違っちゃった?

 「あ、あ~……だいぶ前ですかぁ?」

 「11時くらいだったかなぁ?そろそろ戻って来ると思うよ。何か急ぎの用?」

 「えっ!?いや、一度戻って来てたりしません?何かトイレとか何か……」

 「里伽子先輩に限ってそんなことあるワケないじゃん」

 そう言ってケラケラ笑う七奈子先輩。うん、そうだよね……わかる。……わかるよ。里伽子先輩は仕事に関しては万事抜かりない。車をあんなとこに停めてトイレ行くくらいなら中まで入れてるよね。うん。

 ……ってことはさ。

 ……これ、どーゆうことなんだろう?

 東郷くん、脳内フリーズ。

 でも脚は急いで裏口に向かう。東郷くん、そこそこ脚は速いんです。廊下走ってると叱られるんだけど、緊急事態かも知れないから許してください!

 もし、もう車がなければそれでいい。いいけど、でも、もし、まだ車が………………あ、あ、あ、あーーーーーる………………あるよ、車。

 ど、ど、ど、ど、どうしよう。

 とりあえず足は自動的に片桐課長のとこに行く。報告しなくちゃ、もう止まらない。

 「……東郷?どうした?変な顔して?」

 ロボットみたいに米州部のシマに足を踏み入れたおれに、片桐課長だけでなく、根本先輩と朽木くんまでがキョトンとした顔で見ている。

 「……か、か、か、か……」

 「蚊にでも刺されたのか?」

 片桐課長、ボケてる場合じゃ!

 「……かちょお~……緊急事態……かも……です……」

 不思議そうに根本先輩と顔を見合わせる。

 「東郷、落ち着け。一体、どうし……」

 「片桐!」

 突然、大橋先輩が緊迫した様子で駆け込んで来た。片桐課長と同期とは言え、人前では絶対に呼び捨てになんてしないのに。何かすんごくイヤ~な予感。

 「どうした、大橋?」

 息を切らせた大橋先輩が、ひどく慌てた顔で片桐課長の前に立った。じっと課長の顔を見つめる。

 「何だよ?どうしたんだ?きみがそんなに慌てるなんて……」

 「……片桐……」

 大橋先輩の様子に、さすがの片桐課長の顔から笑みが消えた。眉根を寄せ、大橋先輩を見つめる。おれもただ黙って突っ立ってるだけだった。何かイヤな予感、イヤな予感。絶対、何かあるよ……。

 「……緊急事態だ……」

 「……だから、何があったんだ?」

 「……事実上の決戦だ」

 「………………?」

 一度、下を向いた大橋先輩は、もう一度顔を上げて片桐課長を見た。

 「今、流川麗華から専務宛に連絡が入った。……我が社の大切なものを預かっていると……」

 「……何だと?」

 「……雪村さんと今井さんだ」

 「何っ!?」

 片桐課長の顔が一瞬にして変わる。

 「白昼堂々、ふたりがR&Sに連れて行かれた……」

 (うわーん、やっぱりぃ……)(泣)

 大橋先輩の神妙な声が響く。根本先輩と朽木くんも息を飲んで硬直。

 片桐課長は茫然としていた。こんな課長を見たのは初めてだった。きっと誰もがそうだったと思う。

 その場にいた全員が黙ったまま、ただ、互いの顔を見つめて立ち尽くしていた。
 
 
 
 
 
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