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社内事情〔66〕~今後~

 
 
 
〔大橋目線〕
 

 
 流川麗華による誘拐事件は、一先ずの収束を見た。

 しかし、社長がどんなに願っても、どれほど心を尽くしても、流川麗華の頑なに閉じた心を開くことは叶わなかった。

 それでも社長は起訴を望まなかった。流川麗華自身が、争うことを厭わない態度を示したにも関わらず。

 それにしても、どう手を回したのか、結局、彼女たちは保護観察を受ける身となったのだ。我が社及び社員、取り引き先に至るまで、今後一切関わらない、と言う約定の元に。

 最後まで片桐が心配していたリチャードソン社長も、無事に発見された。正確には、自ら公の場に姿を現したのだ。「監禁されていた訳ではない」と。

 リチャードソン氏は、流川麗華の母親の片親違いの歳の離れた弟、つまり流川麗華にとっては叔父、であると言う。そして、さらに驚いたのが、ロバート・コリンズ・スタンフィールドの素性であった。

「……弟……!?」

 専務から聞かされた時は冗談かと思った。

(あの男……流川麗華より歳下なのか……)

 外国人の年齢はわかりにくいものではあるが……流川麗華の父親が、一緒に逃げていた女性との間にもうけた子どもなのだ、と。リチャードソン氏に見かけが似ているのは、本当に偶然のようだ。まあ、髪型や服装は意図的ではあるだろうが。

(なるほど……姉弟で父の敵討ち、と言う構図だった訳か……)

 それにしても、と思う。

 あの後、社長の元には、流川麗華の母親と祖母から連絡があったらしい。ふたりとも言葉も出ない様子で謝罪して来た、と。

 本来なら、直接日本を訪れて詫びなければならないが、今は義母(流川麗華の祖母)の体調が悪くて行くことは叶わない、と。しかし、いずれ必ず挨拶に行く、と。

 式見社長とのことは、何度も言って聞かせていたのに、まさか、そんなことをしていたなんて……と、祖母は電話口で泣き崩れたと言う。

 その話を聞いて思うに、流川麗華は本当に父親の恨みだけで社長にこんなことをしたのだろうか、と言うこと。何か他にも訳があったのではないか。

 もし、あったとしたら、それは?

 おれが思い当たるのは……片桐のこと、だけだ。

 彼女は片桐を思っていたのだろうか?周りから見てそうは思えなくても、人は他人の心の内など決して知り得ない。実は片桐を思っていた、として、逆に言えば何の不思議があるだろうか?

 まあ、全ておれの想像に過ぎない。彼女が本心を明かすことはないだろうから。

 これで当面の問題は終わりを告げた……表面上は。

 これを受け、社長は今期限りで引退し、来期には専務を正式に社長とする、と発表した。

 既に大まかな業務は専務に移行しており、特に問題は起きないであろうが、社長にはひとつだけ心残りがあるのだそうだ。

 それよりも、ここに来て一番の大問題は片桐の赴任……じゃなくて、今井さんのアジア部退職の件だ。

 今、林部長は目が回っているらしい。ほとんど今井さんに任せていたツケと言えば仕方ないが……赴任から戻る予定の坂巻さんに期待するしかないか。

 ……逆に顎で使われそうだが。

 片桐の赴任は、さすがに四月は厳しいだろう、だが十月では遅い、と専務は悩みに悩み、結局七月一日付となった。

 ただし、今までの功績と結婚祝いを兼ねて、約三週間の休暇をつける、らしい。もちろん、いくつかの電話対応くらいはしてもらわなければならないだろうが、今後、長期休暇を取れるか保証はない立場だし、いい機会だろうとおれも思う。

 その話を受け、片桐たちは六月に籍を入れ、ヨーロッパを周りながらアメリカに向かって着任する予定を立てたようだ。……最初で最後の夫婦旅行かもな……。

 そして、問題は式だ。

 片桐は披露宴など執るつもりはないと言う。しかし、社長と専務は主賓で参列したいと駄々こねる。

 『片桐くんはいいけどさぁ~今井さんはどうなの?やっぱり結婚式、ウェディングドレス、披露宴……女の子の夢だよねぇ~⤴️?』

 ……と言う専務の揺さぶりの言葉に、片桐が一瞬、詰まった。……が、直後に、

「あ、いえ、私は特に興味ないので」

 当の今井さんに却下されると言う、わかりやすい展開。

 すると今度は社長が情に訴えて来た。

『私が式見に席を置いている間に……片桐くんの晴れ姿を見たかったのだが……』

 ……どうも社長の心残りはこれだったらしい……。

 さて、片桐はどうするのか。
 
 
 
 
 
~社内事情〔67〕へ~
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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