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社内事情〔51〕~変更~

 
 
 
〔北条目線〕
 

 
 数日間、必死で頑張った結果、R&Sにとって要、とも言える数社以外、ほぼほぼ網羅することが出来た頃だ。

 相変わらず、余裕の体で片桐課長に連絡して来る流川麗華に、さすがのおれも何か裏を感じざるを得なくなっていた。おれが感じるくらいだから、片桐課長が気づいていない訳がない。その証拠に、ここしばらく、時々何かを考え込んでいる様子が窺える。

 「課長。流川麗華は、何か他にも目的があるんですかね?」

 気になって仕方なかったおれは、課長の前で口に出してみることにした。モヤモヤしてても始まらない。口に出し、耳に入れ、話すことで見えて来るものもある。

 「……おれも気になって来てはいた。何しろ、この段に来てもあの余裕だ。他人に弱味を見せるような女じゃないが、さすがにまだ何かありそうな気がする」

 「式見を超す、もしくは潰す……ではないんですかね……他にも何かあるのか……」

 「……それが最終的な目的であることは間違いないと思う。だが問題なのは、そのそうすることの方法、だ」

 おれの言葉に、課長は再び考え込んだ。

 ウチを潰すためなら何でもやる、と言うのなら、一番、手っ取り早いのは評判を地に落とすことだ。

 おれが言うのもナンだが、我が社は社長の方針と言うか性格と言うのか、この規模の商社にしてはお堅い方だと思う。嫌がらせは別として、どちらかと言えば突っつかれる要素は少ない。しかも実直な社長の印象が強いせいなのか、嫌がらせも比較的少ないと言えるだろう。

 だが、今の世の中、ある事ない事を並べ立て、広くバラ撒く方法はいくらでもある。その最たる物がネットだ。一度、広まってしまったことは、例えそれが根も葉もない話であっても、撤廃するのは容易じゃない。

 「……あることないこと書き立てられるのは困りますね。社長の人柄を知っている古い取り引き先はそうそう信じたりはしないでしょうが……」

 ━と、その時、不意に課長が立ち上がった。驚いたおれが顔を見上げると、何を、どこを見ているのかわからない目をして瞬きも止まっている。

 「……片桐課長……?」

 声をかけると、我に返っておれの顔を凝視した。だが、極端に瞬きが少ないままの目。

 「何か思い当ることが……?」

 「……北条……」

 視線を凝固させたまま呟いた。

 「……はい?」

 「……すまんが、そのまま続けていてくれ。おれは専務のところに行って来る」

 そう言いながら、課長の表情が目に見えて硬くなって行くのがわかる。

 「了解です」

 「……万が一、流川から電話が入ったら……」

 「適当にあしらっときます」

 おれの返事に、硬くなった表情が緩む。口元に嬉しげな笑みを浮かべてのひと言「頼む」に、またも自動的におれのテンションが上がって行く。

 急ぎ足で出て行く課長の後ろ姿を見送りながら、課長が何かに行き着いたのだ、と、おれは理解した。だが、課長のあの様子は只事じゃない気がする。正直、気になって仕方ないが、課長の方から説明してくれるまでは、とりあえず目の前のことに集中するしかない。

 データを処理しながら、かかって来る電話を捌き、おれの方からも営業の電話をかけて押す。基本的には通常の業務と同じだ。違うのは、相手が欧州部で担当している相手ではないだけ。

 それよりも、部署が違うために、以前は間近で見ることが出来なかった片桐課長の仕事の進め方を、ここ数日、間近なところで見ることが出来るようになった。

 こうなってみてわかるのは、やはりおれとは違うと言うこと。いや、他の誰とも。言ってること、やってることは大して変わらないはずだ。なのに、この違いは何なんだ、と言うくらいに違う。一体、この差はどうやって出来るのか、どうしても盗みたくなる。

 もちろん、個々の性格やら人柄やら、そう言う違いを差し引いて、の話だ。

 この経験はおれにとって貴重だった。大きなプラスであり、同時に、確実に糧にしなければならないものでもある。こんな大変な時に……いや、大変な経験だからこそ、今後に活かせなければ。

 そんなことを考えながらパソコンの画面を見つめていた時、目の前の電話が鳴った。おれは流川麗華であることを直感する。

 「はい。式見物産・海外営業部……」

 『あら、珍しい。今日は片桐じゃないのね』

 案の定、流川麗華だった。こう言う時に限って勘が冴える。この力、別の時に他の場所で発揮したいものだ。

 「……片桐は席を外しておりますが……」

 読経のように平坦なおれの答え方に、電話の向こうであるにも関わらず笑いを堪えているのが丸わかり。だが、それでいい。課長曰く、そのための配置だ、おれは。

 『まあ、いいわ。何度も言うようだけど、どんなにウチの取り引き先を取り込んでも、こちらを孤立させようとしても意味はないから。……あなたの必死の頑張りもね。片桐と式見義信(しきみよしのぶ)を恨むことにならないといいけど』

 おれは耳は、流川麗華のそのひと言に釘付けになった。

 (……式見義信……社長のことか?……こいつ、社長に何か個人的な恨みでもあるのか?)

 「片桐や社長……式見があなたに何をしたと言うんです?過去に何があったのか知りませんが、とりあえず、人としての道を外れるような人たちなら、おれはここまで付いて来てませんよ。ご心配には及びません」

 変わらずに棒読みで返すと、今度は流川麗華の高らかな笑い声が響く。……ったく、耳障りだな。

 「……他に何かご用は?」

 『片桐もあなたも、式見義信のことを相当な人格者とでも考えているみたいね。知らない、って恐ろしいものだわ』

 ドヤ顔が脳裏に浮かぶくらい鼻に付く言い方だった。課長の言う通り、自信家で強引、気が強くてパワフル、引くことは出来ない性格、良くも悪くも……と言う評は的を得ている。それでも、そんなことはおれに関係ないことだ。

 「……式見とあなたにどんな因果関係があるのか、なんておれは知りませんがね……まあ世間では、人のフリ見て我がフリ直せ、と言いますけどね」

 さらりと返すと、ピタリと笑い声が止まった。咄嗟に受話器を耳から離すと、乱暴に受話器を叩きつけて通話を断ち切る音。ギリセーフだった。

 「おー危なかった……こえぇ女……」

 ひとり言を言ったつもりが、

 「……悪い、北条。今、戻った……何かあったのか?」

 ちょうど戻って来た課長に聞かれたらしく……変なモノローグみたいになって恥ずかしいじゃないか!

 「……いえ、ちょうど今、流川麗華から電話があったところです。それで課長……申し訳ありません……」

 言い淀むおれに、課長の顔色が変わった。

 「……何かあったのか!?あいつ、何を……」

 「違います、違います。あんまり課長や社長のことをやいやい言うので、つい……何があったのかは知らないですが、何かあったからと言って、じゃああんたの態度はどうなんだ、と言う意味で『世間では人のフリ見て我がフリ直せと言いますけどね』と言ってしまいまして……」

 課長がポカン度70パーセントの顔になったのがわかる。

 「……怒らせてしまったようで、すごい乱暴に電話を切られました……まずかったですかね」

 ポカンとしたままおれの顔を見つめて数秒、突然、課長が吹き出した。

 「……北条……おま……ちっとも……悪かったって顔してないぞ……」

 笑いが止まらない様子の課長に、ついついおれの顔もニヤける。

 「……構わん。よく言った、って感じだ。……言われた時の流川の面を拝みたかったもんだな」

 心底、楽しそうに言う課長の顔を見ていると、あの対応で良かったのだと確信出来た。おれも大概性格が悪いな。

 「……ちょうど良かった。今、おれも社長や専務たちと相談して、今後の方針を決めて来たところだ」

 ようやく笑いが収まりかけた課長が放ったひと言。

 「……今後の……作戦を変更するんですか?」

 「……ああ、少しやり方を変えることにした。向こうの狙いにアタリをつけてみたんだ」

 「……それは……」

 不思議そうなおれに、課長はいつもの自信ありげな表情を向けた。

 「ついては、その件についてこれから藤堂も交えて話したいんだ。きみ……今夜、少し遅くなっても大丈夫か?」

 「もちろんです」

 「よし。じゃあ、こっちの業務は一旦切り上げて、ミーティングルームへ移動しよう」

 嬉しそうな笑顔を浮かべた課長。そんな顔されたら、ますます張り切りざるを得ないじゃないか。本当にこの人は『人誑し』だ。

 今、やっていた業務に区切りをつけ、おれは課長と共にミーティングルームへと移動した。

 そこでおれは、社長と流川麗華、社長と片桐課長の過去の片鱗を知ることになる。
 
 
 
 
 
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