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社内事情〔3〕~甦る過去の始まり~

 
 
 
〔礼志(専務)目線〕
 

 
 式見礼志(しきみ れいじ)。44歳。

 式見物産・代表取締役専務。元・経営企画室統括部長。ゆる系を装って片桐を振り回すが、実際の腹は明かさない。

 夏頃、片桐くん宛にかかって来たと言う、謎の女からの電話。

 正直、ぼくも気になってはいた。何しろ片桐くんは、今はともかく、昔は女関係すごかったから。

 女関係がすごかった、って言っても、別に片桐くんがのべつ幕なしに女の子に手を付けて問題を起こしていた、と言うことではない。まあ、女の子は好きだとは思うけどね……そこまで見境なしではない。

 要は、モテ過ぎて周りが問題を起こしていた、ってこと。あれは、見方によっては藤堂くんなんかよりすごかったと思う。

 藤堂くんのファンって言うのは、ある意味、偶像崇拝と言うか、遠巻きに眺めてポーッ……みたいな子も多い。牽制はすごいものの、あまりに現実離れし過ぎた雰囲気に、リアルな想像が出来てないって言うか、妄想天国って言うか。

 ところが、片桐くんの場合は『現実に手に入れたいタイプ』の最たる男な訳だ。我こそは、と言う女の子が砂糖菓子に集る(たかる)蟻のように寄ってくる訳。

 たぶん、片桐くんは元々モテるんだよね。だから、その状態は『ウハウハ』って言うよりは『鬱陶しい』以外の何物でもないってこと。

 しかも、自分の預かり知らぬことの尻拭いまでさせられて、辟易するのも理解出来ない訳じゃない。

 だけど片桐くんは男のぼくから見ても、初めて会った時から『ああ、この子はウチを背負う立場になってくれるな』と思わせる何かを持っていて。

 父もひと目で気に入った。あの難しい父が。珍しいこともあるもんだ、って驚いたよなぁ~あの時は。

 だからって訳じゃないけど、本当にぼく、片桐くんには幸せになって欲しいんだけどなぁ~。何が気に入らなくてあんなにぼくのこと嫌うんだろう?

 それにしても、厄介なことにならなければいいなぁ~。

 ━などと考えていた今日この頃。突然、ぼくの携帯電話が鳴った。

 (あれ?片桐くん?何で携帯電話?)

 不思議に思いつつ電話を取る。

 「はいは~い。携帯電話の方にかけて来るなんて珍しい。何かあったのかな?」

 『申し訳ありません。今、大橋くんにかけたら取り込み中とのことだったので』

 「いやいや。それは、全然、構わないんだけど……何で内線じゃないの?」

 『今、ミーティングルームからかけてます。根本くんたちに、今はまだ聞かせたくなかったので』

 ほ……。片桐くんにそこまで思わせる事態が起きたのかぁ~。嫌な予感って当たるよねぇ~。

 「ふ~ん?何があったのかな?」

 片桐くんは、一瞬の間を置き、ため息を吐き出すように声を発した。

 『例の謎の女性から、ついに電話がかかって来ました』

 「ほ……」

 『一度目は専務と打ち合わせをしている時だったようで……次はないかと危ぶみましたが、昼休みに出ようとしたところへ二度目が来ました』

 『改める』と言いながら、最初の電話からは数ヶ月経過。確かに次はいつかと思うよねぇ~。

 『最初、朽木に名乗ったのは“戸倉”だったそうで……全く覚えがなかったのですが……』

 それは過去に関係した女性の数が多過ぎるのでは……と言いかけてゴックン飲み込む。

 『……専務。今、何か良からぬ想像をされましたね』

 片桐くんの声がトンがってる。何でぼくの考えたことがわかったんだろ?

 「……で、結局、誰だったの?何の用だったの?皆に聞かれないようにぼくに報告して来たってことは、社に関係あるんでしょ?」

 誤魔化すように本題をぶち込む。

 『……寄木(よりき)さんでした』何か言いたげな片桐くんの声音。

 (……よりき?誰だっけ?)ぼくはしばし考える。

 『……まあ、専務が覚えてなくても仕方ありませんが』

 何かトゲがあるなぁ~片桐くん。

 『旧姓、寄木真衣(よりきまい)さんです。10年程前、社員だった……』

 そこまで片桐くんが言った瞬間。

 「!!!!!!」

 思い出した!

 うわ~。嫌な予感、五指に入っちゃう感じじゃーん。式見物産、ピーンチ!……かも?

 『思い出されたようですね』

 何かホント、いちいちトンがってるなぁ、片桐くんってば。

 「うん、あの子だよね……経理にいた……」

 『そうです』

 「そうかぁ~。あの子ねぇ~。……ところで、その寄木さん?戸倉さん?が今ごろ何の用できみに連絡して来たの?」

 少し言葉を選んでいるのか、片桐くんの返事は一瞬遅れた。

 『……R&Sのことでした』

 ん?彼女はそう言うことを知るような環境にいるってことなのかな?

 「何て?」とりあえず本題だけ聞いてしまおう。

 『R&Sが動いていることは、既におれたちも知っていると思うけれど、と前置きした上で、直に、おれたちが知らない、でも確実な情報が入ると思う、と……』

 ん~~~???

 「それは、その情報が入ったらきみに教えてくれる、と言うことなのかな?」

 『……どうやら、そのようです……』

 ふむ。苗字からすると彼女は結婚したのだろうけど……片桐くんに情報は流して来るか。しかも、何年も音沙汰なかったのに。いや、音沙汰あっても困っただろうけど。

 「まあ、教えてくれる、ってものは待ちましょ。ただし、その情報を信じるか信じないかはこちら次第ってことだけどね」

 『当然、そうなりますね』

 ……強がっちゃって、まあ。

 「ん、わかった、ありがとう。また何かあったら教えて」

 『わかりました』

 そこで片桐くんとの電話は切れた。

 片桐くんじゃなくても気が重いなぁ~。やっぱり避けて通れない道なのかなぁ~。ホント、あの時、片桐くんの言う通りにしておくべきだったのかなぁ~。

 ━だとしたら。

 片桐くんには本当に申し訳ないことをしちゃったよなぁ~。社長とぼくの判断が間違ってた、ってことだもんねぇ……。

 それにしても……そうか。……寄木……真衣……あの子だよねぇ~。片桐くんに想いを寄せていただけだったのに……ひどい目に遭っちゃったよねぇ~。嫉妬に駆られた人間って恐いなぁ~。

 もう、関わりたくないのはあの子だって同じだったろうに。それでも片桐くんに知らせようとして来るなんて……片桐くんも辛いところだ。
 
 
 
 
 
~社内事情〔4〕へ~
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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