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〘異聞・阿修羅王/結3〙須彌山

 
 
 
 切っ先を突き付けた摩伽(まか)と、突き付けられた須羅(しゅり)は、微動だにせず、ただ睨み合った。

「フッ……このおれに教えてやるなどと、相変わらず口の利き方を知らぬ奴よ」

 須羅の方は笑みさえ浮かべており、本当の意味で『睨み合って』いる訳ではない。だが、場の空気としては間違ってもいない。

「……良かろう。おれも乾闥婆(けんだっぱ)に免じて、聞いてやるとしよう」

 譲歩の姿勢を見せる摩伽に、須羅の表情は艶美に染まった。まるで、眼前の切っ先すら映っていないかのように。

 刃(やいば)を突き付け、優位を誇示しながらも、何故か摩伽は苛立ちを憶えた。それを気取られぬためだけに、ただ次の言葉を待つ。

「フッ……苛立って来たな。相変わらず、辛抱の利かぬ奴よ……」

 見透かしたような須羅の言葉。

「……黙れ……! 聞いてやると言うておるのだ。言いたいことがあるなら、さっさと言え……!」

 ムキになって反論する摩伽に、須羅はさらに口角を上げた。

「……先刻、お前は私に問うたな。須彌山が……この世が新たに生まれ直す保証があるのか、と……」

「それがどうした」

「……保証ならある」

 摩伽の瞬きが止まった。

「何だと……?」

「須彌山が新たに生まれ変わることは、間違いない、と言うておるのだ」

 眉間の辺りに疑問が浮かび、訝しむ表情に険が増す。

「何故、お前がそのようなことを言い切れる……!」

「何故と問われても……それを知るが私の運命(さだめ)、としか言えぬな」

 自分でさえ知らぬことを、何故、須羅が知っているのか──その理由の切れ端が脳内を巡った。

「……本当にお前は、考えていることが手に取るようにわかるな」

 笑って挑発する須羅に乗せられまいと堪える。

「もったいぶっても無駄ぞ。おれは別に聞かずとも良いのだ。お前がすぐにも串刺しになりたいと思わば、そう言え。このまま、手を前に出せばそれで済む……」

「……お前が壊すしかないのだ」

 摩伽の言葉尻に、僅かに須羅の声が重なった。

「何……?」

 何度目かわからぬ問いに返される、何度目かわからぬ含みのある笑み。

「お前が須彌山を破壊すれば、また新たな須彌山として生まれ変わる……いや、逆だな。お前が消滅させねば、須彌山は生まれ変わらぬ。須彌山を存続させたくば、お前が消すしかない」

「……っ……!」

 摩伽は衝撃で硬直した。だが、須羅の表情にも口調にも淀みはない。

「……それより他に、須彌山を救う手立てはないのだ」

「馬鹿なっ……! そのようなこと、誰が信じる……!」

「信じようと信じまいと、これは真実だ。信じるも信じないもお前の勝手……心血注いで守って来た須彌山をこの代で終わらせたくば……」

 口元に妖しく笑みを湛えたまま、須羅の眼が光を帯びた。

「……手をこまねいて、滅びゆく様を眺めているがいい!」

「…………!」

 言い放った須羅は、摩伽でさえ押さえられぬ速さで大剣を掻い潜り、間髪入れず攻撃に転じた。

 城を焔で閉ざされ、近づくことが出来ない毘沙門天(びしゃもんてん)たちは、阿修羅族の動きを追い、その目的を見定めようとしていた。

「ある一定の距離を置いて配置されております。微妙に位置調整をしながら、各々で幕のような物を……」

「麓近くまで行って参りましたが、須彌山(しゅみせん)全体を覆っているように見えまする。最初は意味がわかりかねましたが、どうもこれは防護幕ではないかと……」

 報告を聞き、毘沙門天は総合的に判断を下そうと努めていた。中でも、緊那羅(きんなら)と摩睺羅伽(まごらか)が気づいた点は重要と着目する。

「毘沙門天様と摩睺羅伽王、そして私に聞こえるこの音色……恐らく、阿修羅族が連絡手段としているのは間違いないと存じます。が、それだけでもないようで、非常にわかりにくいものの、不思議な旋律が重なっております」

 緊那羅が摩睺羅伽に目を向けた。

「……私も初めて聞きましたが、この旋律は『平穏』『安息』などを生むものと聞こえます。そして、この旋律は人界に……人の耳にも届くように奏でられております」

 楽師であり、音が専門分野である二人が弾き出した答えに、毘沙門天は納得し、同時に確信を得た。

「……総力を挙げ、阿修羅一族を後押しせよ」

 そこにいた全員に、毘沙門天は即断で命じた。

 阿修羅族が何をしようとしているのか、実際のところを理解出来た訳ではなかった。ただ、少なくとも須彌山に、人界に、仇なす目的ではない、と判断したのである。

「……何かはわからぬ。が、阿修羅族の者たちは、人界を何かから守ろうとしているようだ。なれば、我らが同意せぬ理由はない。もし、万が一、このことがインドラ様の意に反することだった時には……」

 皆が毘沙門天を注視した。

「……私が全ての責を負う……!」

 毘沙門天の力強い言葉に、四天王、八部衆を筆頭とした全員が一斉に跪拝した。

「そなたらは善見城(ぜんけんじょう)から目を離すな」

 持国天(じこくてん)、増長天(ぞうちょうてん)、広目天(こうもくてん)に命じる。

「他の者は、八部衆の指示に従い分散せよ!」

 一礼し、各々散って行く姿を見送り、自身は四天王の三人と共に城に注意を向けた。

 だが、城を見守り、時に指示を出しながら、毘沙門天はあることに気づいた。

 既に、月が完全に翳ってからしばらく経っているが、修羅の焔に照らされた城の周囲は明るかった。故に、己が『今になって気づいたこと』に気づいたのである。

 月はおろか、日も一向に姿を現さないことに。
 
 
 
 
 

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