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社内事情〔55〕~対峙~

 
 
 
〔静希目線〕
 
 

 
 
 ……何てことだろう。

 こんなことになるなんて……。

 今、私は……ううん、私たちはあろうことか、敵に拘束されてしまった。敵━つまり、流川麗華たちだ。

 『私たち』と言うのは私・雪村静希と、里伽子さん。本当に何てこと……私は里伽子さんを巻き添えにしてしまったのだ。

 今朝、私は主任の指示を受け、明日行なわれるPR放送の打ち合わせのため、機材などを動かしてくれる業者を訪れた。

 全ての打ち合わせを終え、帰社した時だ。

 タクシーを裏口で停めてもらい、そのまま中に入ろうとした私に、外国人の男が数人駆け寄って来た。そして『一緒に来てもらおう』なんて言いながら私の腕を掴み、車に引きずり込もうとする。大声で叫びながら抵抗していると、近くにうちの社用車が停まり、中から里伽子さんが飛び出して来たのだ。

 『ちょっと待ちなさいよ!ウチの社員をどうするつもり!?』

 そう叫びながら、ひとりに向かって足払いを掛け、同時に引き倒した。

 『面倒くせえ!ふたりとも押し込め!』

 リーダー格の男が叫ぶと、ワゴンの扉が開き、私たちは無理やり押し込まれてしまった。車の中でも里伽子さんは大暴れしていたけれど、特殊仕様の車らしく、前と後ろのシートの間に特殊ガラスの仕切りのようなものが迫り出し、分断されてしまう。それでも里伽子さんは、特殊ガラスを叩きながら文句を言い続けていたけれど。

 結局、私たちはどこかのビルに運ばれた。そして、今まさに、放り込まれた部屋にふたりでいるところだ。

 部屋自体は殺風景な仕事部屋、と言った様子。私たちは手足を拘束されたりはしていないけれど、扉には鍵がかかり、開けることは出来ない。どうしたものかと思っていると、里伽子さんが小さな声で私に言った。

 「……静希。とりあえず、藤堂くんと付き合ってることとか、そう言うことは言わない方がいいわ。その方が早く解放される確率が高いと思うから」

 「……里伽子さん、ごめんなさい。私のせいで、こんな……」

 「ううん。たぶん、ね……奴らは静希のことは足掛かりにするつもりだけだったと思う。拘束する最終的なターゲットは、初めから私だったと思うから」

 里伽子さんの言葉に首を傾げる。

 「何故です?」

 里伽子さんは顔を引き締めて言った。

 「……私が、片桐課長と関係があるからよ」

 「………………!」

 その時、鍵を開ける音がしたかと思うと、扉が開き、背の高い綺麗な女性が数人の外国人男性を従えて入って来た。私よりも背が高そうな人。ひと目でこの人が『流川麗華』だとわかった。

 流川麗華は私の顔をチラリと見た後、すぐに里伽子さんに視線を移し、えも言われぬ美しい、それでいて毒々しい笑顔を浮かべた。

 「……またお会い出来たわね」

 里伽子さんはいつもの表情のままだ。何を考えているのかわからない、悪く言えばちょっと不機嫌そうな。

 「……何をしようとしてるんです?」

 流川麗華は里伽子さんの質問には答えず、ただ微笑み、さも楽し気に続ける。

 「片桐があなたのどんなところを気に入ったのかすごく興味があるわ。彼は『美女好き』を公言してはいるけれど、実際には美しいだけの女に心を動かすような男じゃない。そして何より、彼には欠けている何かがあって、それが魅力を増幅させている反面、そのことで女性と長続きしないところがあるから。まあ、一番の原因は仕事第一主義と忙し過ぎる点だと思うけど」

 私が口を挟む筋合いではないのかも知れないのだけど、何か面白くない言い方をする人だな、と言う印象しか浮かばない。わざわざ人を不愉快にさせる言い方、とでも言うのか。棘がある、と言うのか。まるで、自分の方が片桐課長のことを良く知っている、と言わんばかりだ。

 「……片桐課長が私を気に入ってるのかどうかは知りませんけど、もしそうだとするならば、それは課長に訊いて戴くしかありませんね」

 ……棘なら里伽子さんも負けていないけれど。

 「……ふふ。じゃあ訊くけど、あなたは片桐のどこが気に入ってるの?表面的な条件だけで付き合っていける男じゃないわよね?知れば知るほど……」

 「……私が課長に惹かれるところがあるとするならば、それはあなたに教える必要はないし、はっきり言いますけど、教えたくあ・り・ま・せ・ん」

 ……里伽子さん、強い……。

 しかし流川麗華は可笑しそうに笑い、

 「……まあ、いいわ。とにかく、式見側がどう出て来るか楽しみね」

 そう言い残すと去って行った。当然、鍵は掛けられてしまい、その姿を見送った里伽子さんが溜め息をつく。

 「……やっちゃったなぁ……ごめん、静希」

 「え?何がです?」

 「穏便に話して、せめて静希だけでも解放させたかったんだけど……やっちゃったわ」

 自己嫌悪に陥ったような顔で頭を掻いている。

 「え、いえ、そんな……」

 「……とにかく、迂闊には動けないけど、何とかしなくちゃ。……ふたりが限界に来る前に……」

 (……ふたり……?)

 里伽子さんの口ぶりからして、『ふたり』と言うのは私たちのことではない。……とすると、片桐課長?社長?専務?里伽子さんが考えていることが今いち読めない。

 ……こう言う時に実感する。自分の鈍さを。

 「里伽子さんは……流川麗華と社長たちの間に何があったのかご存知なんですか?」

 「細かいことは私にもわからない。ただ、社長がまだお若い頃……式見を立ち上げるか、立ち上げないか、って頃に、何かがあったらしいことは聞いてる」

 「……そんな頃じゃ、流川麗華も下手したら生まれていないのでは……」

 「……うん。たぶん、彼女の親御さんとかと何かあったんでしょうね」

 因縁が深すぎる。何をどうして、こんなことにまで発展してしまったのか。

 里伽子さんは部屋にあった応接用らしいソファに腰掛け、何か考え込み始めた。その落ち着き様を見るにつけ、ひとりじゃなくて良かった、なんて考えてしまう。

 確かに落ち着くのが先決だ。私も里伽子さんの向かい側に腰掛けた。

 「……煽るか、退くか……」

 里伽子さんが呟いた。何か策を練っているらしい。

 私はとにかく自分を落ち着かせる。頭の中には主任の顔、義兄さまの顔、お父さんの顔が浮かんで行く。まだこのことは護堂関係には知らされていないだろうか?いや、専務のことだから義兄さまには知らせているかも?

 どうすることが一番いいのか考えながら、私は考え込んでいる里伽子さんの顔を見つめていた。
 
 
 
 
 
~社内事情〔56〕へ~
 
 
 
 
 
 
 
 

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