見出し画像

〘異聞・阿修羅王15〙行き違い

 
 
 
 目の前に立った者たちを、インドラは順に見渡した。

 その神妙な顔つき、また、四天王まで連れていることからも、インドラにとって面倒な話を持って来たことは明らかである。かと言って、話も聞かず、無下に追い返すことも出来ぬ錚々たる顔ぶれ。

 インドラは如何にも面倒くさいと言わんばかりの、それでいて、半分は面白いことを期待するかのような笑みを浮かべた。

「揃いも揃って、辛気くさい面(つら)をしおって。しかも、四天王まで引き連れて……一体、何用ぞ?」

 片肘をつき、顎を支えたインドラの目前で、側近たちは顔を見合わせて頷き合う。

「インドラ様、お願いにござりまする!」

 側近たちが揃って頭を下げた。

「何だ、いきなり」

 まるで、平伏する勢いに、さすがのインドラも面食らう。見れば、視界の隅では、四天王までが礼を取っている。

 相当に面倒な話になりそうだ──と、インドラが警戒を強めたか強めないかのうちに、側近のひとりが口火を切った。

「どうか、正妃をお立てになってくださりませ! このように、いつまでもご不在のままでは、秩序が成り立ちませぬ……! 今日という今日はお聞き届けくださりませ……!」

「また、その話か」

 途端にインドラの態度が激変した。うんざりした表情に転じ、顔を背ける。

(ここのところ話を持ち出さぬと……安堵しておったに……)

 いい加減、諦めてくれたかと、内心、清々していたところであった。

「インドラ様ともあろう御方が、いつまでも正妃たるをお立てにならぬなど……」

「何度も言わせるな。正妃となる者は、おれと対等であること……それが条件だ。そうでないなら、いらぬ」

「お言葉を返すようですが、インドラ様。こちらも何度も申し上げておりますが、そもそも、その前提が間違っておりまする。貴方様と対等の者など、この世には存在しないのですぞ。それを、そのような屁理屈を捏ね、事態を有耶無耶になされようなどと……お立場をどのようにお考えなのです」

 四天王が背後に控えているためか、側近たちもいつになく強気であった。とは言え、一応、最後まで聞きはしたものの、得心した、訳でもない。

「再三、申しておるが、正妃を立てることに何の意味がある? 側妃がおれば事足りること……むしろ、役に立たぬ正妃であらば、いない方がマシであろう?」

「何を仰せになります! 天の隣には妃あってこそ……二柱とならず、如何致しましょうや!?」

 何度も繰り返された問答に、インドラは心底うんざりした顔を見せた。

「……なればこそ、おれに意見のひとつも言えぬような女に正妃となる資格などあるのか、正妃にする意味があるのか、と訊いておるのだ」

「恐れながら、インドラ様」

 それまで黙って聞いていた毘沙門天が、一歩、進み出る。

「何だ?」

「もし、貴方様が仰せになられているような、名実共に相応しい女性(にょしょう)がおられたならば、正妃として娶ってくださる、と思うて宜しいのですな? 正妃を立てること自体に異存はない、と……」

 一瞬、訝しむように眉をひそめたインドラは、すぐに嘲笑するかの如く口角を上げた。

「無論だ。そのような女子(おなご)がいるのなら、むしろ会うて(おうて)みたいものだ」

「真にございますな?」

 上目で睨むようにインドラを見つめ、毘沙門天が問う。

「くどいぞ、毘沙門天」

 苛立ちを隠さず、インドラは答えた。

「……そのお言葉、お聞き致しましたぞ」

 言い放ち、踵を返す毘沙門天に他の四天王たちが追随し、それを見ていた側近たちも慌てて後に続いた。

 退室する彼らの後ろ姿をつまらなそうに見送り、インドラが小さく舌打ちする。

「……つまらぬ話を……!」

 忌々しげにつぶやいたインドラは、何かを思いついたように勢いよく立ち上がった。

「インドラ様……!? どうなさったのです……!?」

 インドラが駆る乗り物──白象『アイラーヴァタ』、その世話を任された者が、先触れもなくいきなり現れたインドラに驚きの声を上げる。

「出かける」

 止める間もなく、インドラはひらりとアイラーヴァタの背に飛び乗った。

「インドラ様……! お、お待ちくださいませ!」

「供はいらぬ!」

 言い放つと、おろおろする世話係を残し、一気に上空へと駆け上がった。

(こんな時は、気晴らしに外へ行くに限る)

 そのまま空を駆り、やがてその姿は見えなくなった。

 速足の毘沙門天についているのは四天王の三人のみで、側近たちは当に追いつくことが出来なくなっていた。

「毘沙門天……あのようなことを申し上げて、一体、どうするつもりだ? 今まで、インドラ様にどれほどの女子を引き合わせて来たと思う? それとも、お気に召すような娘御に心当たりでもあるのか?」

 側近のみならず四天王たちでさえ、毘沙門天の提案には懐疑的であった。

「……お気に召すか……は、私にもわからぬ。だが、可能性があるとすれば……もう他には思い当たらぬ。賭けてみるより他にあるまい……」

 まるで一人語りのように声を絞り出す。

「……使いを出さねば……いや、その前に手筈と、書状を用意してもらわねばならぬ……急がねば……」

 他の者の存在などないかのように、毘沙門天はつぶやきながら更に足を早めた。

「お、おい……!」

 そんな毘沙門天の背後で、三人は顔を見合わせるしかなかった。
 
 
 
 
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?