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社内事情〔11〕~護堂仁志の見立て~

 
 
 
〔礼志(専務)目線〕
 
 

 
 
 ━夜。

 兄さんからの連絡が入ったのは10時半を過ぎた頃だったか。
 
 『礼志?さっき片桐くんからR&Sの社長の話を聞いたよ。行方不明って……でも、会社の登記自体は変わっていないと思うんだけど……』

 「そうなんですよね。だから、ぼくも腑に落ちないって言うか……」

 兄さんもぼくも、当然、考えることは一緒だ。仮にも、一企業の社長が正式に交代してたり、行方がわからなかったりしたら、公にならない訳はないと思う。誘拐などでもない限りは。

 『この話……出所の信頼性はあるの?』

 兄さんの疑問は最もだ。ぼくだって片桐くんの見立てじゃなかったら、イマイチ信用し切れない。

 「はい。ぼくは、片桐くんのその点に関しての人を見る目、ってやつには、ほぼ疑いはないんですよね」

 『……ああ、片桐くんが直接聞いた話なのか。なるほどね。それならわかる気はする』

 やっぱり兄さんにもわかるらしい。片桐くんが生来、持っている何か、が。

 『じゃあ、ぼくは逆にリチャードソン社長の足取りも、同時進行で追うことにするよ』

 「兄さん……そんなことして大丈夫ですか?」

 『お義父さん……社長にもR&Sのことは最優先事項として扱うように言われたからね』

 さすが伍堂財閥の総帥だ。嫌な予感は肌で感じているらしい。

 『だけど、それとは別にひとつ気になったんだけど……』

 突然、兄さんが切り出した。少し躊躇いを感じる。

 「何かありましたか?」

 兄さんは少し考えているようだった。いや、言葉を探している、と言った方が正確なのか。

 『……あの片桐くんって言うのは、新卒で式見に入社してるんだよね?』

 まさか片桐くんの話題とは思わなかったぼくは、意表を突かれる。

 「そうです。お父さん……社長が珍しく……って言うか、たぶん初めて?ひと目で気に入ったみたいで。まあ、もちろんぼくも、ですけど」

 その言葉に、兄さんは納得したような小さな笑いを洩らした後、急に真剣な声で訊いて来た。

 『彼は……社内で何かあった?もちろん、最近とは限らない。だけど、本人の価値観と言うか、考え方や行動を大きく変えてしまうような何か、が……』

 さすが兄さんだ。

 兄さんは元々、穏やかで控え目な性質(たち)で、ともすれば地味でそれほどの器ではない、と思われてしまいがちだ。

 だけど、何て言うのか……そーゆうところを見定める感覚はすごくて、これは恐らくぼくたちの父親譲りの才能だと思う。

 そーゆう意味では、ぼくよりも兄さんの方が全然父親似なんだよな~。

 「……やっぱり、わかっちゃうか。兄さんには」

 ぼくが苦笑いしながら返すと、

 『ん……何となくね。初めて会った時……って言うか見かけた時に、何かをものすごく抑えているんだな、とは感じていた。まあ、その時はぼくが彼を一方的に見かけただけなんだけど」

 兄さんの話を、ぼくは黙って聞いていた。兄さんが片桐くんを見かけた時、と言うことは、かなり昔の話だ。

 「それが一応、初対面ってことになってるあの時、そして前回の定例会の時……と少しずつだけどかなり印象が変わっていて驚いたんだよね』

 不思議な答えが返って来た。

 「……そんなに変わってた?片桐くん」

 それは、ぼくが感じた感覚と同じだろうか。久しぶりの顔付きを見たあの時の感覚と。

 『うん。雰囲気と言うか、空気は少しやわらかい感じになっているのに、目だけがね……』

 「目?」

 『そう。引き上げられるように、強く強く……』

 (引き上げられるように?)

 兄さんの説明は、ぼくにはよく理解出来なかったけれど。

 『……何か……怖れるものが出来たのかも知れないね』

 「怖れるもの?」

 『それが何かまではわからないけど……それがいい方に作用することを祈ってる』

 引き上げられるように強い目、なのに、悪い方に作用することもあるってこと?やっぱりよくわからない。

 「兄さん、それはどう言う……」

 『怖れを知らないってことは、ある意味、両刃の剣だ。そして、その逆も然り、だよね。怖れが強みの方に作用すればいいけれど、一歩間違えれば弱みにもなり得るよ』

 「ああ、そう言う意味か」兄さんの言わんとすることはもっともだ。

 『……たぶん、片桐くんなら大丈夫だと信じてるけどね』

 「そうでないと困りますよ」

 ぼくの本音に兄さんは可笑しそうに笑い、さらに鋭い突っ込みをして来た。

 『それと、もうひとつ。片桐くんが連れて来た……今井さん?彼女はどう言う素性の子?』

 「どう言う素性、とは?」

 『う~ん。どんな育ちなのかな、って気になっただけ。並じゃないなぁと思って。何か、名前もどこかで聞いたことがあるような気がしたし……』

 うわ!やっぱり兄さん、鋭いや。

 「まあ、あながち外れてはいませんよ、兄さん。また、そのうち詳しく話しますね」

 『……やっぱり何かあるんだ。まあ、楽しみにしてるよ』

 笑いを堪えながら言う兄さんとの電話を切り、大橋くんに連絡をする。

 「大橋く~ん?今、護堂副社長から電話があってね……リチャードソン社長の件ね。伍堂の方でも追ってくれるらしいから……うん……そうそう、よろしくね」

 『それと、専務。先ほど企画の藤堂くんから珍しく私に連絡がありまして……週明け朝一で専務と片桐課長に見て戴きたいものがある、と』

 ほ……藤堂くんから大橋くんへ連絡とは、これまた本当に珍しい。

 『スケジュール調整して、了承しましたので……専務室にてよろしくお願い致します』

 「了解~」

 さてさて、藤堂くんも何か掴んでくれたかな~。ぼくの周りはデキる子たちが固めてくれてて助かるな~。

 そうは思いながらも、ぼくは少し片桐くんのことが心配だった。

 恐らく近い将来、ぼくたちは彼に相当量の負担をかけてしまうことになるであろうこと……それがわかるから。

 それでも、片桐くん以上の適任者はいない。彼以外にはいないのだ。

 さすがのぼくも重い気分を払拭出来ないまま、週末の夜は更けて行った。
 
 
 
 
 
~社内事情〔12〕へ~
 
 
 
 
 
 
 

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