見出し画像

社内事情〔8〕~伍堂と式見~

 
 
 
〔仁志(護堂副社長)目線〕
 

 
 護堂仁志(ごどう まさし)。45歳。

 旧姓・式見。式見物産社長の長男で専務の兄。伍堂財閥社長令嬢が一人娘であったため、婿養子になるべく後を弟に任せて潔く家を出る。温厚で義妹の静希からの信頼も厚い。

 礼志のところの大がかりな企画がうまく回り始めたのと同じ頃、ぼくは静希の様子にも変化があったことに気づいていた。

 少し仕事が落ち着いたことで、藤堂くんと『恋人同士らしい関係』に近づいているのであろうことは、容易に想像が出来た。

 他の人にわかるかどうかは別として、ぼくには手に取るように変化が見て取れたから。

 変わらないポーカーフェイスの中に、ほんのり見えるようになったやわらかい表情、しぐさ、そして言葉の切れ端。

 見ているぼくまでが、思わず顔が緩みそうになる。こんな静希を見れる日が来るなんて、ほんの少し前までは思いもしなかった。

 だけど、他の家族にはまだ藤堂くんとのことを話せないのが悩ましいところ。もしバレたら、ぼくは皆に問い詰められて大変になるであろうことは間違いない。

 そんな嬉しい心配事と同時進行で、気になる事態も起きつつあった。礼志からも少し聞いていたのだけれど、アメリカのR&S社が妙な動きを見せていると言う。

 それ自体は、夏頃から耳には入って来ていたのだけれど、秋口になって一気に動きが深まったらしい。

 義父が定期的に行なっている定例会に、礼志が自分ではなく、米州部・課長の片桐くんを代わりに行かせる、と言って来た。と、言うことは、思った以上に警戒していると言うことだ。

 恐らく片桐くんの方が、情報収集のためにも相応しいと踏んだのだろう。

 彼とも2回しか会っていないけれど、うちの社に欲しいくらいの逸材であることはすぐにわかった。ある意味、藤堂くん以上に。

 ただ、気になったのは、初めて会った時の彼の目。その目の中に、とてつもなく大きな何か、を抱えているのが見えた気がしたのだ。かなりの重荷を背負っている、と。

 もちろん、それを背負って余りある力も感じたけれど、何かの拍子に折れるのではないか、と少し心配でもあった。

 それが、前回の定例会で会った時には、驚くほど払拭されていて。背負っているものに変わりはないのだろうけど、心の持ちように変化があったように見えた。

 そして、もうひとつ驚いたのが、彼が同伴した女性。一体、どこから連れて来たのか、と思うほどの美人さん。

 静希とは全く違うタイプだから比べようがないけれど、引けを取らないほどの美女。それが社員だと聞いて、また驚いた。

 片桐くんに紹介され、少し話しただけではあるけれど、頭の回転と言い、教養と言い、立ち居振る舞いと言い……非の打ちどころがなかった。

 出席している男性陣の目が釘付け状態で、女性陣の視線は一斉に片桐くんに注がれ。

 何と、皆、自分のパートナーのことなんかそっちのけと言う笑える事態が発生。

 ぼくは笑いを堪えるので精一杯だったけど、片桐くんと彼女─今井里伽子さん─が並んでいる様は本当にお似合いで。

 藤堂くんと静希に勝るとも劣らず、仕事上なのが惜しいくらいだった。

 そのカップリングの圧倒的なオーラに、余計なちょっかいを出せる出席者もいなかったみたいだけどね。

 そんな状況だったから、片桐くんともそんなに話せた訳ではない。それでも、お互いに必要な情報は交換出来たように思う。

 当然、ぼくも眞希と出席していた訳だけど、彼女も二人を見た途端「礼志くんのとこの社員さん、美形揃いね~」とハイテンションになっていた(笑)。

 そして今回。

 前回と同じく、片桐くんたちが出席すると言う話を礼志から聞き、事態は深刻になっているらしいことを想像出来た。

 ぼくも義父からの指示で、あちこちにアンテナを張り、R&S社のことを聞き込んではいるものの、全くと言っていいほど尻尾を掴ませない。そこのところが、正直言って怖い。

 静希も、ぼくや藤堂くんからの話で何か考えるところがあったらしく、以前、在籍していた総合部時代のデータを引っ張り出し、かなり更新をかけているらしい。

 身内のぼくが言うのもナンだけど、情報収集、集計、統計、管理……その辺りに関しては、恐らく藤堂くんよりも静希の方が上だと思う。

 その能力を、ぼくはもっと出して欲しい。ひっそりと隠れるように生きて行こうとしていた殻を破って。

 きっと藤堂くんなら、静希が壁にぶつかったり、初めてのことに戸惑ったりしても、必ず傍で支えて守ってくれるだろう。

 逆に言えば、ただでさえ目立つあの子が、藤堂くんと一緒にいれば目立たずにいることは不可能だ。お互いに注目されることは間違いないから。

 ぼくは今回のことが静希にいい影響を与えるのではないかと、期待すると共に、何か厄介なことが起きなければいい……そう願っていた。

 ━だけど、やっぱりそんな訳には行かなくて。

 片桐くんが参加した2回目の定例会で、ぼくは彼から思いもよらなかった情報を聞くことになる。
 
 
 
 
 
~社内事情〔9〕へ~
 
 
 
 
 
 
 
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?