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夫を好きになった時の気持ちを思い出してみる

結婚する前、実は夫と私は同じ職場で働いていた。いわゆる職場結婚というやつだ。

入社してわりとすぐの頃から夫のことは知っていて、でも、若い頃は職場の人と恋愛するなんて考えてなかったし、普通にただの「先輩」だった。

夫は昔から誰に対しても優しかった。そして、仕事ができる人だった。真摯に誠実に、一つ一つの仕事をこなしていく。この人に頼めば大丈夫だと色んな仕事が舞い込んできて、いつも沢山の仕事を抱えていた。

そんな感じでとても忙しいのに、後輩とか周りの人が困って助けを求めると、何でもない顔をして優先して時間を作って対応するようなお人好し。それで、自分の仕事を疲れた顔で夜遅くまでやっていたりする。

なんだろう。自己犠牲を厭わないというか。人に与えてばっかりで、でも返してもらえなくても別にいい、みたいな。まぁ、結果として社畜なんだけど。準社畜ぐらいだった私もわりと遅くまで残業していたので、そういう夫を何年も近くで見ていた。

ある日、本当に急に、この人を幸せにしたいなって思った。いつも顔に出さずに色んなことを我慢して頑張ってるのを私は知っているから、この人が弱音を言ったり安心できる場所を私が作ってあげたいなって。

そこがスタートだったんだ。だから、結婚した後、夫が仕事が忙しくて帰ってくるのが遅くても、理解して支えるのは私にはなんでもないというか当たり前のことで。逆に私が忙しいときも当たり前のように夫は私を支えてくれたし、同志のように理解し合って支え合う関係を築いてきたと思っている。

だから、レスられていたのもね、疲れすぎてるんだろうなって、理解できちゃったんだよね。「私のこと好きじゃないの」とか「子供欲しいなら頑張ってよ」なんてことより、理解する気持ちのほうが強かった。だから、仕方ないなって飲み込んだ。

でも、だから今、私たちの間には子どもがいなくて、夫を理解することを優先してきた裏で、ずっとレスられてきたことに悲しい気持ちが積み重なっていた自分にも気付いた。

ただ、気付いたところで、レスはもう解消できない所まで来てしまった。同志として支えることはできても、もう私は夫を男性として見ることができない。

何をどうしたら良かったんだろう。この場所にいるのは、当然の結果なような気もする。でも、もし何かを間違えていたんだとしたら、私はいつ何をすれば良かったんだろう。

なんてね。7年の結婚生活を振り返って、ふと、そんなことを思ったのでした。

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