人生がうまくいっていない報告をしよう
9月のはじめから約3週間、勤めている会社を休職していた。ここ数年間、悩みながらも自分なりに「これだ!」と思う道を歩んできた結果、年々生きやすくなっている実感があったのだけど、ここにきて再び大きな壁にぶち当たってしまった。例えるならば人生ゲームで「100マス戻る」の目に止まってしまったような感覚で、ここまで地道に進めてきたコマがすべて無に帰してしまったかのような絶望感を味わっていた。
筆不精になって錆びついていた手をむりやり動かしてまで、わざわざこんな暗いトピックで記事を書いているのは、凹んでいるときの自分を救ってくれたのが、他の誰かの「うまくいっていない報告」だったからだ。何もする気がおきず、ずるずるとインターネットの海を彷徨ってしまっていたとき、誰かが悩みを吐露している記事を読むと、「悩んでいるのは自分だけじゃないんだ」と思え、じわじわと励まされるような気持ちになった。だから私も、これからはうまくいっていない時こそ、それをオープンにしていこうと思った。
私は約3年前に移住し、田舎で働き暮らしていたが、今年の4月から都心に逆戻りし、会社員として働きはじめた。これからもずっと田舎に住みたいと考えていたのだけど、「もう少しできることを増やしたい」という気持ちが膨らんできたことや、ちょうどそのタイミングで「まさに!」という求人と出会ったことがきっかけとなり、こういう道を選ぶことになった。 ところが約3年間の田舎暮らしからいきなり都心の会社員に舞い戻るのはなかなかギャップも大きく、心身に不調が出はじめてしまったのだった。我ながら身体は丈夫なほうで、これまではどんなに心が沈んでも身体だけは元気だったのだけど、心因性と思われる体調不良がしばらく続くようになり、自分にもこんなことが起きるのか…と新鮮な思いだった。
休職する直前、自分が住んでいた村のお祭りを手伝いに行き、かつて自分が所属していた太鼓サークルの素晴らしい演奏を見たときは、「なんで自分は今あっち側にいないんだろうなあ」と涙が出た。なんで自分は村を出ちゃったんだろうなあ。ただの無いものねだりだったのかなあ。やっぱり私は青い鳥症候群の、だめなやつなのかなあ。そんな自分を責めるような自問自答が、ずっと頭にこだましていた。
とはいえ、「当時、それ以外の選択が果たしてできたか?」と過去を振り返って問う時、私は過去のどの決断に対しても、きっとNOと言うだろう。そう思えるくらい、いつだって悩み抜いてやってきたという自負だけは、どれだけ自分を信じられなくなったときでも、自分を支えてくれる。
だから「一度都心に戻って働く」というこの体験が、私にはきっと必要だったんだろうなあと思う。自分が打った点が一体どんな星座を描くのかは、ずっと後になってからしかわからないものね。
休職中の3週間は、「自分にとって仕事とはなにか?」を問い直す期間でもあった。10冊以上の本を読み、真剣に考えた。その内容についても書こうと思っていたのだけど、想像以上に手が錆びついていて、ここまで書くのに驚くほど時間がかかってしまったので、それはまた次の機会に書いてみようと思う。そして人生はまだしばらくうまくいきそうにないので、その報告も引き続きしていこう。
とはいえ、日々幸せな出来事もたくさんある。特にこの前の日曜日、祖父母を車でいとこの家に連れていき、初ひ孫との対面を実現させたのなんて、幸せ以外の何ものでもなかった。命はこうしてリレーされてきたんだなぁとしみじみ思い、自分の悩みなんてちっぽけに感じられた。
そして外に出れば風が涼しく、季節はわたしが一番好きな秋を迎えている。もうそれだけでいいじゃないか、とも思う。