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第九話 ラフィラスとガイアス

 ラフィラスは、アリスに言われた通りに、炭鉱へと足を向けていた。その道中も、アリスとともに歩んだ道が、前よりも活気を増していた。
 炭鉱が稼働したことで、周囲には住宅が立ち並び、炭鉱で働く炭鉱夫を癒す飲み屋に近郊から来た旅人が泊まる宿屋など、一大拠点のような状態になっていた。

「あれっ? ここって、あの場所? あ、これがるし……」

 ラフィラスが見つけたのは、大きな石碑。それは、ラフィラスがアリスと出会うずっと前に、たどり着いた石碑だった。その石碑は、すでに文字もかすれて何の石碑だったのかわからなかったが、ラフィラスにとって目的の場所であることを思い出す、キッカケの石碑だった。
 しかし、その周囲は、離れてから幾分と経っていないにもかかわらず、多くの建物が立ち並んだことで、まるで別世界のような状況になっていた。
 ラフィラスは記憶を頼りに、炭鉱の場所へとたどり着くが、そこでも首をかしげる状態になっていた。

「あれっ? 入口って、こんな感じだっけ?」

 炭鉱の入り口は、ラフィラスが立ち去る前とは、打って変わりメンテナンスがしっかりと行われていた。それだけではなく、ところどころに改善が見られ、目新しいものも存在していた。
 炭鉱の変わりように驚きながらも、ラフィラスはアリスの言いつけを思い出していた……


 それは、王城を出発しようと出発する寸前。アリスから言われたことだった。出立〈しゅったつ〉しようとするラフィラスを、アリスが呼び止めて告げた言葉だった。

「ガイアスだけじゃなくてもいいからね。」
「えっ? それは……」

 アリスは当初の目的の、ガイアスだけではなく、ほかにも来たいという人は招いてもいいとのことだった。アリスのその真意を理解しないまま、ラフィラスは現地についていた。

『アリス様は、どうしてあんなことを……』

 炭鉱の前で首をかしげながら、アリスの思いを考察していたラフィラスのもとに、一人の獣人が近寄る。

さわわわっ。

『なっ?!』

 ラフィラスの小さなお尻を、割れ目に指を挟むようにして触るその手は、お尻全体を持ち上げるようにねちっこく動かす。その感覚に背筋が凍ったラフィラスは、勢いよく後ろに足を蹴り上げる。

ぞわぞわっ!!

「ふん!!」

 勢いよく振り上げられたラフィラスの脚は、器用に相手の足の間をすり抜け、急所を的確に捉えた。

チーン!

「んおっ!!」

 ラフィラスのストレートな蹴り上げを受け、体が浮くほどの衝撃を味わったその人は、あっという間に血の気が引き股間を抑えてうずくまる。

「な、何をするんですかっ!!」

 慌ててお尻を抑えながら振り返ったラフィラスの目の前には、見知った人が股間を抑えてうずくまっていた。それは、まごうことなき“あの人”だった。

「えっ? ガイアス? ガイアスなの?」
「お、おう。ラフィラス。あ、相変わらずいい尻〈けつ〉してるなぁ~」

 騎士の甲冑を着ていたラフィラスのお尻を、斬られるかもしれない危険を犯してまで触るのは、ラフィラスを知るガイアスしかいなかった。
 ただ、ガイアスにとって誤算だったのは、甲冑を着たプレートで股間を蹴り上げられたことだった。ちょうど急所を捉えたラフィラスの足の裏は、猛ったガイアスの急所を的確に捉えていたのだった。

「自業自得です。ガイアス。」
「つ、つぶれるかと思った……」

 股間を抑えてうずくまるガイアスに、心配そうに駆け寄っていたひとには、ラフィラスも面識はなかった。

「お、親方。大丈夫ですか?」
「てか、親方。よく行けましたね、騎士甲冑を着た女騎士に。下手やったら、普通に切られてますよ?」
「あ、あぁ。こ、この子は、大丈夫なんだ。も、元、この炭鉱にいたからな。」
「何が大丈夫なんですか。また蹴りますよ? それも、つま先の方で……」
「うっ!!」

 ラフィラスの言葉に、親方を心配していた子分らしき人も、股間を抑え怯えていた。何しろ、ラフィラスの脚の鎧はつま先に行くほどとがっているため、つま先の方で蹴られようものなら、それこそ男として終わってしまう。
 そんなさなか、ちょっぴり蹴られたいと思う、子分もちらほら見受けられたのだった。それからしばらく経って、ようやく立ち上がることのできたガイアスに、アリスからの伝言を伝える。しかし……

「嬉しい話なんだが……」
「は? アリス様が呼んでるのよ? 断るの?」
「いや、断るわけじゃないんだが……」
「何よ、あの頃のガイアスはどこへ行ったの?」
「やんちゃしてた頃の俺は、忘れてくれ。」
「はぁ? さっき、私のお尻を触った人が何を言うの? それも、あんなにねちっこく。私がいなくなって、変態度が増したんじゃないの?」
「うぐっ。だから、悪かったって……」

 炭鉱では親方として、子分に幅を利かせていたガイアスだったが、ことラフィラスの前では形無しだった。その様子に子分はラフィラスに感心していた。

『お、親方が言いくるめられてる……』
『口から先に生まれてきたような親方が?』

 ボソボソと話していた子分の声が、ガイアスにも届いたようで……

「こらっ! そこ! 無駄話してねぇで、ハヨ行け!」
「は、はい~」

 それらしく、子分たちをけしかける様は、まさに親方そのものだった。ただ、いまだに痛みが残るのか内また気味になっていたガイアスだった。

「へぇ。しっかり親方やってるのね。」
「まぁ、な。」
「で、いけない理由って?」
「それなんだが……」

 ラフィラスを連れ、ガイアスが訪れたのは、炭鉱のそばにある一件の住宅だった。炭鉱が家のようにしていたガイアスしか知らないラフィアスにとって、一軒家を所有していたガイアスに驚きだった。

「ガイアスが一軒家の主ねぇ~」
「驚くのは、まだ早いぞ。」

 そしてガイアスがゆっくりと扉を開けると、家の中から子供がガイアスに向けて駆け寄ってきた。

「ただいまぁ~。おうおう、相変わらず元気だなぁ~」
「パパ~」
「あなた、お帰り。あら、その女騎士さんは?」
『ぱ、パパ?! ガイアスが? しかも、こんな美人な奥さんができてるし……』

 家に案内されたラフィラスを待っていたのは、モデルのようなスタイルを持つガイアスの奥さんと娘だった。
 その娘さんも、母親にということもあり、かなりの美少女だった。
 ラフィラスのやんちゃな部分を知っていたラフィラスが、まさか結婚して子供までいるとは思ってもみなかった。意外過ぎる状態に動揺しつつも、ラフィラスは自己紹介した。

「ラフィラス様なのですね。私は、ラフィナ。そして……」
「フィナだよ~。よろしくねぇ~」
「フィナちゃんにラフィナさんね。いつの間に? その、結婚を?」
「えぇ。ガイアスと出会ったのは、酒場でして……」

 なれそめをラフィナが話しているとき、妙に顔が引きつっていた。というのもガイアスの手が妙な動きをしていた……

『だから、今はやめてくださいって。んっ。』
『こっちの尻〈しり〉もいいなっ!』

にゅるっ。
んっ!

 どうやら、なれそめを話しながらも、ガイアスはラフィナの尻を楽しんでいたようだった。

『はぁ。ガイアス……』

 ラフィラスがあきれていると、ラフィナの引きつった顔が、限界を迎えていた。そして、何かブチっと切れる音がした後……

「ラフィラス様。ちょっと待っていてくださいね。すぐ済ませますので。」
「は、はい。」
「ほら、ちょっと。来な。」

 ガイアスの腕を引っ張りながら、奥へと連れていくと、扉を閉めるのと同時に、けたたましい音が響いていた。

ふん!!

「んおっ!!」

ふん!!

「んあっ。」

 制裁を受けていることが容易に想像できたラフィラスだったが、しばらくの沈黙の後、ガイアスの声が聞こえたが……

「あっ♡」

 どうやらガイアスは、制裁を繰り返し受けるうち、変な扉を開いたようだった……
 制裁の間、ラフィラスとフィナが残されたが、終始ガイアスの話で盛り上がっていた。それは、ガイアスの稚拙っぷりや、ことあるごとにセクハラをするなど、話題に事欠かなかった。

「そんなときはね。パパのお尻に向けて、こうするの。」
「あら、それいいわね。ふふっ。」
「でしょ。これが、見事にヒットして。楽しいの。」
「そうなんだね」

 パパの制裁として両手で形作ったのは、両手を合わせて人差し指を立てる。つまり、カンチョ―スタイルだった。
 非力な子供でも一番効果のある制裁の方法で、何よりも娘のフィナから制裁受けているところを想像すると、もわず笑ってしまうラフィラスだった。
 そして、ガイアスへの制裁が終わったラフィナは、手をぬぐいながらラフィアの元へと戻ってくると、もいのほかフィナとラフィラスが仲良くなっていたことに、笑顔になる。

「もう、打ち解けたのね。フィナ」
「うん。ラフィラスさん。パパの知り合いみたいで、ラフィラスさんもやられたって。」
「まぁ、そうなんですか? 不躾〈ぶしつけ〉な旦那が失礼しました。」
「いえ。思いっきり蹴り上げたので。」
「まぁ。ふふふふふっ。」
「ふふふふふっ」

 互いに握手をしながら、同盟が結ばれたのだった。その握手していいた、ラフィラスとラフィナの手に小さなフィナの手が乗せられ、まるでガイアス被害者の会が結成されたような形になっていた。
 それからは、ガイアスとの現状や、アリス様の話する。すると、ラフィナもフィナも興味津々になっていた。

「く、クラリティアの方なんですか?!」
「えぇ。どうやら、こちらの人が向こう側に残っていたようで、その方の導きでこちらに来られたようで……」
「それは、ぜひ。お会いしてみたいですわ」
「フィナも会いたい~」

 ノリノリになったラフィナとフィナの様子を見たラフィラスは、アリスが言っていた真意をようやく理解した。

『アリス様は、これを予想していたのね。さすがアリス様。』

 ますますアリスに対して、信頼を抱き始めたラフィラスは、一緒に行くことを決めたラフィナとフィナの身支度の準備をする。
 その荷物の梱包や馬車の用意に、制裁で動けなくなっていたガイアスも加わる。こと、馬車に関しては、やはり男手がいる。そして、玄関先に横づけする姿は、以前の盗賊の面影は消え失せていた。

「ほんと、ガイアス。パパしてるんだね。」
「そりゃぁ、そうだ。いっぱしの親方で、家庭もできたんだからなぁ。そりゃぁ、気質〈かたぎ〉にもなるさ。」
「気質〈かたぎ〉といいつつ、手つきは変わらないけどっ!」
「おっと。」
「だから、なんで尻〈しり〉撫でるのよっ!」

 それからも、荷物が多いガイアスは、手分けしながら馬車へと荷物を積み込む。そんなさなかガイアスはというと、すれ違いざまにラフィアスの尻を撫でるなど、イラっとすることばかりしていた。
 しかも、かがんだところを狙って触られたときは、どうしてやろうかと思うほどだった。そんな不埒なガイアスはこの後、制裁をうけることになる。それは、ある程度積み込みが終わったときだった。
 ラフィラスが、箱の荷物を荷台に挙げた瞬間。股からお尻に向け、ねちっこく触られたときは、背筋を電気が走ってとっぴな声が出る。

「あひゃっ!!」
「かわいい声出るじゃないか。ラフィラス。」
「が、ガイアス!? あんた、わかって触ってるでしょ?」
「ん~何のことかなぁ~」

 とぼけた顔をしたガイアスに、さすがのラフィラスもイラっとするも、証拠がないため何とも言えなかった。案の定。同じようにかがんだ状態から立ち上がる瞬間を狙い、ガイアスはラフィアの尻を撫でる。

「んあっ!! だ、だから!! ガイアス!!」
「何のこと? ふふーん」

 お尻の割れ目にしっかりと指を埋め込みながらも、知らんぷりをするガイアス。どう仕返ししてやろうかと考えていたラフィラスの向こう側に、ラフィラスと同じようにイラっとする人がいた。

「あなた。」

ギクッ!!

 それは、ガイアスの嫁。ラフィナだった。ラフィラスのお尻を触っている様子を目撃したラフィナは、怒りで頭が沸騰しそうになっていた。

「あなたは、また。ラフィラス様にそんなことして。」
「これはな、あいさつみたいなもので……」
「ほほう、そんなえっちな挨拶が?」
「そ、そうなんだ……」

 慌ててラフィナに言い訳を始めるガイアス。お尻を触られたところをラフィナも見ていたことで、形勢が逆転した。ガイアスを二人で攻め立てるという構図は、二人とも願ってもないことだった。

「はぁ? これがあいさつとか、ありえませんよ。女の子の大事な部分をねちっこくなでておいて……」
「ら、ラフィアス?! 言う?」
「ええっ。そんなことをされたんですか?」
「えぇ。前かがみになっていることを言いことに、股の間からお尻まで、ねっちりと……」

 それはもう、饒舌に語るラフィラスの言葉を聞き、怒りの沸点を突破したラフィナは、指をポキポキし始める。そして……

「ラフィラス様。」
「はい。なんですか? ラフィナさん。」

 満面の笑みをしながら、ラフィナはラフィラスへとお願いする。それは、制裁のことだった。

「その甲冑で思いっきり蹴り上げてもいいですよ。盛りのついたガイアスには、ちょうどいいですから。」
「そうですね。わかりました。」
「い、いやなにをわかって……」

ふん!!

ちーん!!

「ほごっ!!」

 ラフィラスの脚の甲冑は、見事にガイアスの股間を捉える。そして、つま先は綺麗に急所を捉え、ズブリと先端が埋まる。
 宙に浮くくらいの猛烈な勢いの蹴り上げによって、ガイアスの急所は悲鳴を上げる。何しろ、出会ったときの蹴り上げとは違い、つま先の方で蹴り上げているのだから、ダイレクトに衝撃が突き抜ける。

「う……おっ、い、息が……た、玉。つ、つぶれ……」
「あなた……」
「ら、ラフィナ……」
「大丈夫よ、一つ潰れても、もう一つあるでしょ? ふふふ」

 これほど見事に怖い笑顔を作れるのも、さすがガイアスの嫁だと思ったラフィラスだった。うずくまったガイアスのもとに、フィナもやってくると、ラフィラスが助言をする。それは、ガイアスを助ける方……ではなく。

「ええっ。うん。やる。」
「ほら、ちょうど前かがみだし……。ね。」
「えちえちのパパ。成敗!!」
「ふぃ、フィナ?! い、今は……あ。」

ずぼっ!!

「あっ♡」

 ラフィラスのつま先で急所を蹴り上げられ、動けなくなり前かがみになっていたところへ、勢いよくフィナのカンチョーが炸裂する。
 深々と刺さったフィナの指は、根本まで入り込んでいた。そして、納得したフィナはスポンと抜く。

クンクン

「く、くさっ!!」
「ふっ。」
「ぷっ。」

「あはははははは!!!!」

 カンチョーをしたフィナは、刺した指をクンクンと嗅ぎながら、臭いことを口に出していた。その光景が実に滑稽で、ラフィラスもラフィナも腹を抱えて笑ったのだった。
 それから、ラフィラスたちは荷物を積み終えへ、途中の炭鉱へ顔を出し指示をした後、王城へと向かう。その間も、ガイアスはラフィナといちゃいちゃしていた。

「なぁ、ごめんって。」
「ん。」
「ごめんってば。」
「あ、あのさ。」
「ん?」
「謝るのなら、胸をもまないでくれる?」
「だって、一番はやっぱりラフィナだなぁ~ってさ。」
「全く、調子がいいことで」

 そんなガイアスとラフィナのやり取りに、フィナはあきれて、ラフィナの横へとくるのだった。

「えちえちなパパも大変ね。フィナちゃん」
「ん。そう、えちえち過ぎて、困っちゃう。」
「そうなのね。じゃぁ。しばらくこっちにいようね。」
「ん。」

 それから王城へと続く道を、二人で和気あいあいと話しながら、王城へと向かっていた。

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