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追憶~冷たい太陽、伸びる月~

  • 受け継ぐ者

  • 第45話 PansyとLisy

その後Pansyが何度も弟子入りを拒んでも、Lisyはまったく引き下がらず、ついにはPansyのアパートへ押しかけた。

 Pansyは警察をあえて呼ばず、Lisyを弟子入りさせるという条件で帰宅してもらった。

 Pansyが承諾した理由はそれだけではなかった。

 Lisyを纏う匂いは香水でさえ上書きできないほどPansyの理想にかなっていた。

 Lisyは押しが強いが、決して節操なしではなかった。また、あれでも話題を慎重に選んでいた。

 相手が秘密にと求めれば決して口外せず、差し障りのない程度におしゃべりを楽しむ。その証拠に、彼女の出身地で起きていることは自己紹介に一切出てこなかった。

 Lisyの故――かつてトルコと呼ばれていた地域では押しも引きもしない冷戦が十年ほど続いていた。真剣にラジオを聴かないのでPansyは詳細を把握していなかった。それでもLisyが大星大国に一家そろって亡命してきたことは確信していた。

 惨事で父親を亡くしている身として、Pansyからもわざわざ確認するような言動を取らなかった。

 それでも自分の絵で人の心を動かしたい気持ちの強さ、自分への正直さに従い生きている。必要とあればPansyの絵画技術をLisyのアイデンティティーに取り入れる。その素直さをPansyはLisyの匂いから感じ取った。


 Pansyが弟子入りを拒むほどその匂いは濃くなり、確信を得て渋々を装った。

 LisyならばPansyのスケッチ・ブックを正しく守り抜いてくれる、と。


 後日、Pansyはアルバイトを辞め、Lisyの両親に挨拶をした。

 アジア人の母親はPansyの裸眼に驚いたがすぐに平静を取り戻した。

『ごめんなさい。故郷ではまず見られなかった色彩なもので。私は歴史でしか知らないけど、祖母あたりは体験しているから』

『だけどそれは人種差別だろう? 時代背景があるとはいえ。仮にPansyが人間でないとしても、それがどうした。私たちのLisyを信じているならば本人の意思に任せよう。Lisyはもう大人なんだから』

 両親の会話で、Lisyは得意げになった。

『ね、素敵な両親でしょう? 私の素直さは母譲りなんだって。同時に、父に似て私は心が広い! 最高の弟子でしょう、私?』

 Pansyは頷いた。自分自身と同じ難民でありながら、当然のように平和な雰囲気だった。平和が何たるものかを理解して育ったLisyを選んでよかった、とPansyは思った。



 その後PansyとLisyは南へ旅立った。大衆に見せても支障のない絵を売り、アルバイトもしながら二人で住まいを移る生活を続けた。

 その間LisyはPansyの絵本向きのタッチを習得し、デジタル技術との調和がとれた絵はPansyの絵よりも高値で売れた。

 またPansyがこれまで描いてきた絵の意味を理解すると、Lisyは自然や環境保護について独学を始めた。

 しまいにはCocoが若いころ主流だったやり方とは別の手段で、Lisyはデジタル番組を独創して配信した。後にLisyは画家の他に自然活動家をも名乗りだした。

 Pansyもまた自活する気力をLisyから分け与えてもらっていた。

 Pansyの懐事情はアルバイト収入ではなく、旅する絵本作家としての印税に切り替わっていた。

 渡航費が貯まると、二人の活動拠点をオセアニアに移した。

 Pansyが四十二歳、Lisyが三十二歳のときだった。

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