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追憶~冷たい太陽、伸びる月~

  • 杜を巡る旅②

  • 第21話 2020年11月―孤立を促進する杜

 多国籍国家とはよく言ったもので、人間が住むオーストラリアはアジア人にも寛容だ。

 しかしオセアニアの杜に共存するトビヒ族とハナサキ族は、瑚子の地位も通用しないほど閉鎖的だった。

「問題の起きとらんなら、そいでよか。神跳草は好きなようにごと使(つこぅ)てよか。ばってん今後一度でもウチの手ば煩わせたら、こん杜は終わりだと思っとかんね。ウチがわざわざ始末しに来てやるけん」

 こればかりは、利矢も黙っていなかった。ハナサキ族に無礼の罰を下し、今後は利矢の監視下で瑚子に歯向かわせないことを誓わせた。しかしトビヒ族は利矢の同胞でも臣下でもない。緑を扱えるだけに、井の中の「蛙(かわず)」だ。杜の外に出て揉まれない限り、蛙は何も変わらない。それでも変わる成功率は限りなく低い。それは人間とほとんど変わらなかった。

「お前にしては珍しく、何もせんかったたい。グリーン・ムーンストーンの権力ばもっと使えばよかったとに」

「そがんと面倒(めんど)か。前にも言ぅたけど、うちはトビヒ族ばどがんかしようなんて、全然(いっちょん)思(おもぅ)とらんけん」

「そがん調子だと、いずれホントに足元ば掬われるぞ」

「構わん」

「俺の問題でもある」

 利矢は人型に転身して、人型の瑚子と向き合った。

「グリーン・ムーンストーン、今ある同盟ば強化しよう。そんためにはまず、俺と瑚子が夫婦になる」

 瑚子は渋柿を噛んだ後の表情に変わった。

「どうして(なしてよ)?」

「なしてもクソもなか。冗談でもなかとぞ」

 利矢は引き攣る指を拳に包んだ。これが利矢にとって精いっぱいの勇気だった。

「そがんとじゃなか。同盟の意味ば聞いとると」

「お前一体では、望む形の杜ば実現できんとぞ。俺が、ハナサキ族がフォローするってことばい」

 太陽光の反射が強くなった。利矢は表情を崩さないものの、感情が高ぶっていた。

「だから(やけん)、同盟のあって何の意味があると? そがんとなくてもトビヒ族の行く末はもう分かりきっとるたい。ウチが頭(かしら)でなくたって、運命はもう決まっとる。そいが早かか遅かが不透明なだけたい。そいけん、同盟は要らん」

 瑚子の周囲で花びらが光合成をしていた。含まれる水分量によって太陽光の反射具合が異なるが、いずれも柔らかい光だった。

「アンタはアンタでハナサキ族ばまとめたらよか。ウチのコトば監視するのは構わん。こいまで妨害された覚えのなかけん。けど、翼ば借りるとにわざわざ同盟の要らん。そいにウチはアンタや他のハナサキ族でなくても、誰とも結婚せんけん。子どもだって産まん」

 利矢の衝撃は、何の準備もなく頭上で受ける滝行のようだった。瑚子にとって目の前に立つ利矢は異性でも政略婚の共謀者でもない。瑚子の見えているものが見えていない、ただの人外愚者だった。

「そんなら俺は、何のためにクリア――」

 利矢はそれ以上声に出せなかった。立ち眩みがして、別の何かが見えた。

「いや、こうしよう。お前の移動が終わるまでは同盟ば残す。ただし内容はお前の監視と移動補助のみ。そいでも断るか?」

「早(は)よハナサキ族ば二、三体呼ばんね! 南米まで遠かとぞ」

 瑚子は有期にて承諾した。

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