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「自分は、女ではない」…出産への嫌悪から女性性を否定してきた私

「自分は、女ではない」

そう感じたのはいつ頃からだったか、今となっては思い出すのは限りなく難しい。
思えば小学生のころから、いわゆる”性別違和”というよりも、育ち始めていた自我が社会と噛み合わないストレスによって引き起こされてきた感情だったかもしれません。

「女」として見られたくない

子供のころの私は、男の子に間違われることを、他愛ないゲームに勝つような小さな快感のように感じていました。
髪を短く切り、男児服を着て、男子たちと一緒に休み時間や放課後にバスケにふける。同級生や先生、卒業アルバムのカメラマン、すれ違う人、様々な人が私を見て「男子かと思った」「男の子みたい」と目を丸くして驚く。
中学、高校と進んでもなお、その快感が変わることはありませんでした。進学した女子高では、「男みたい」と言われるだけでなく実際に”男役”として、男子として過ごしており、その時代は私にとって最も心が解放されたひと時でした。

ただ、「男みたい」と言われることは嬉しいけれど、その前に「女のくせに」がつくと話は一変します。
「女のくせに、男みたいな格好して」と咎められたり、「おとこおんな」と揶揄されるたび、私は言葉では表せない悔しさを感じていました。男っぽさを認識されていることには変わりないのに、「女のくせに」が前につくだけで「私のことを何も知らないくせに」という反抗心がもたげてくる。

大学生になったとき、その悔しさと反抗心の正体がぼんやりと輪郭をもつようになりました。
きっかけは、サークルの男の先輩から「〇〇ちゃん」と下の名前で呼ばれたとき。途端に強烈な嫌悪感を覚えました。
先輩としては、新入生の女の子を安心させようと親しみを込めて呼んでくれたのでしょうが、「一年生の女の子の〇〇ちゃん」と女子のくくりの一員というニュアンスを感じる呼び方が自分には激しく不快だったのです。

その時にはっきりと、「自分は他者から”女性扱い”を受けることが嫌なのだ」と自覚しました。
一年生の女子グループに勝手に入れられること。許可なく下の名前をちゃん付けで呼ばれること。女子の友人から女子会やガールズトークに誘われること。「男みたい」の前に「女のくせに」をつけられること。
女子高で夢のような3年間を過ごしているうちに、身体的にも社会的地位でも男子とは歴然の差がついており、それはもはやボーイッシュな服装や立ち振る舞い程度ではごまかすことすら不可能な”違い”にまで発展してしまっていました。

そして社会人になると、会社ではるか年上の男性たちから「新卒の女の子」扱いを受けるようになりました。
学生時代にはまだ「女扱いしないで」と抵抗することもできていましたが、20~30歳も歳の離れた管理職相手にそれは難しく、笑ってやり過ごすことしかできなくなっていきました。

そんなある日、私ははるかに歳の離れた顧客からのセクシャルハラスメントを経験しました。
言葉での性的な誘いと身体接触。その時感じた嫌悪感は、もしかしたら世間一般の女性が感じるセクハラへの嫌悪とは、少し性質が異なるかもしれません。
私は、セクシャルハラスメント行為そのものというより、己の社会的立場を突き付けられた絶望感、要するに相手から「女として見られた」ことに対して、えも言えぬ嫌悪を不快を感じたのです。

性的行為といっても、恋愛関係においては女性としての扱いを受けることに全く抵抗はありませんでした。
嫌悪を感じるのは、その好意が私自身の人格や性格、見た目への好意ではなく、「若い女の子に対する好意」であると感じた時。私自身を見ているのか、それとも私を「女のうちの一人」として見ているのか。私に好意を持ったうえで、その私がたまたま女性だったのか、それとも「女性」に興味があり、その中の私に目を付けたのか。相手が何をもって私に好意を抱いたのかは、空気感で何となく感じ取ってしまえるものでした。

そして、私ではなく「女」を先行して見て私に接しているすべての人々に対し、嫌悪感から距離を置くようになりました。

私はトランスジェンダーなのか?

私のこの、幼少期から知らず知らずのうちに持ち続けていた「女として見られたくない」という感情は、一体どこから来ていたのでしょうか。

自分の女性性を否定する心の動きには、様々な形があります。
その代表的なものが、性同一性障害、トランスジェンダーでしょう。生まれつき心と体の性が異なる状態で、私も一時期、自分の違和感はまさにこれではないかと思ったこともありました。

自分の中の、あまりに強い「女ではない」という感覚。それは確かに「女ではなく、男として生まれたかった」という思いと連動してはいました。その思いから、私は男として振る舞い、男に間違われることに喜びを感じていたのですから。
が、それでは自分はトランスジェンダーなのかというと、それにもしっくりこない。「身体は女性、心は男性」というにもやはり違和感がありました。

なぜなら、私は「自分は女ではない」と思っているものの、その感覚は「要するに自分は男である」という意味ではなかったのです。
男性として生きたい思いはあるけれど、それは自分が生まれつき精神的性が男性だからなのではなく、「女でありたくない、男性の生き方が羨ましい」という、女性性の否定と男性への羨望や憧れからの感情でした。

そのことにはっきりと気づいたのは、「もし自分が性同一性障害だったとして、性別適合手術を望むか」と考えたときでした。
今の身体を変え、男性の身体になることへの憧れは強くありました。でもそれは、例えれば「身長180㎝のソース顔イケメンマッチョになれるなら」という、憧れよりむしろ妄想に近いもの。現実的に、自分の今の身体をホルモン治療でいくら男性化しても、身長は低く細身のやせ型、薄い顔立ちにしかなりません。
その現実を考えると、「それなら手術しなくて良いや」と思えてしまう。かっこいい男性になれないのなら、別にいいやと諦めてしまえる程度の感情に過ぎませんでした。
実際に性同一性障害に悩む人々は、のどから手が出るほど男性の身体になりたいともがき苦しむと聞きます。自分はそこまで感じるわけではない。私の感じている違和感は、残念ながら性同一性障害とは全くの別物でした。

「子供を産む性」からの脱却

でも、性別適合手術によって理想の身体になる、ということへの憧れは強くあります。
そこで考えたのが、「私が考える、最も理想的な自分の身体はどのようなものなのか」ということ。
考えるのには大変な時間を要しました。何年もの間考え続け、そしてようやく答えが出る日が来ました。

自分にとって理想的な身体、それは「子宮と卵巣を取り除いた、男ではないが女でもない身体」
生殖機能を失った、性別のない、無性状態。「子供を産む性」からの脱却。
男性の身体にならなくても、女性特有の臓器を摘出することで、自分の理想の身体は実現されると気づいたのです。
すなわち、私が持ち続けてきた「女性性への違和感」とは、まさに「妊娠・出産する機能を持っていること」に対する拒絶反応でした。将来、子供を産まなければならないこと、その機能が自分に備わっていることが耐え難い苦痛だった。その機能が失われた状態、生殖機能のない無性状態こそが、私の求める理想の身体だったのです。

この身体の感覚は、今までの自分が感じてきたどの感覚ともはっきりと共通していました。
子供のころに感じていた、「女のくせに男みたい」と言われることへの反発。「男みたい」と言われるのは嬉しいのに、「女のくせに」と前置きされることで実際には女であることが強調される。「男みたい」だけなら、女なのか男なのか結論をぼやかした曖昧なまま済まされる安心感があります。
女子高の男役という、性別が錯綜した状態。実際に男ではないが、立場的に女でもない。どちらでもない曖昧な状態で性別が消えていく感覚が、当時の自分にはとても心地よかったのでしょう。

セクシャルハラスメントを受けたとき、自分は何が最も嫌だったか…それは直接的な行為そのものより、他者に女として見られたということでした。
もっとあからさまに言えば、他者から向けられる性欲が、私という人間に好意をもっての慈しみから生じたものではなく、「生殖」という本能からの感情であったこと。メスとして、出産機能を持つが故にオスから性欲を向けられるという現実。
私を「女として見たうえでの性欲」とは、私を「妊娠・出産するための性」と認識していると同意であり、私が感じた嫌悪とは「子を孕む性」として見られたことへの屈辱感だったのです。

「どちらでもない性」を生きる

私が「女でありたくない」と思う根底にあるものは、「妊娠・出産する性でありたくない」という思いでした。

今までずっと抱き続けてきた、生まれた性を間違えた感覚、心と身体のずれ、性別違和。
それらは確かに自分自身の違和だったけれど、実際に心をゆすぶられるのはそれが他者によって「女」であることを突きつけられ、押し付けられたときだけでした。

もしも幼少期に、「女の子に生まれたからといって、あなたは無理に子供を産まなくていいんだよ」と、誰かに言ってもらえていたら。子供を産まなくていいのなら、この身体のまま、子供を産まずに生きていても許されるのなら。
それなら、この身体を変えるほどのことではない。誰からも妊娠出産を強要されず、まるで無性のように生き続けることができるのなら、わざわざお金をかけて手術せずこのままであり続けても一向に構わないのです。

今の私は、「女である」ことに以前のようには激しい嫌悪を覚えません。
長年、男性のように振る舞い、「男の子みたい」と言われ、男役でいることに心地よさを感じていた思いは消えないし、それもまた自分自身であって、完全に女であるとは言いたくないけれど。

セクシャルマイノリティには、トランスジェンダー以外にも性別違和を感じる人々として、「Xジェンダー」と呼ばれる性もあります。男でもなく、女でもない、どちらでもない第3の性、X。私は今、自分がこのXジェンダーであると自認して過ごしています。どちらでもない、もしくはどちらでも「ある」人間として。

精神的には男でもあり女でもあるけれど、肉体的には女性である。その状態でもまあいいか、と思えるようになったのは、同じく子供を産まない選択をした人々との交流や、友人からの「産まなくていいんだよ」という言葉のおかげで、「女性であっても、妊娠しなくても良い、子供を産まなくても良い」と割り切れたからなのだと思います。

自らをマイノリティ化しない

「子供を産みたくない」という一心から、自らの女性性にNoを突き付け、心と体の不一致に苦しむようになる。これは、言うならば「後天的性同一性障害」の一種でしょう。
私のように「自分は男性なのではないか」と思うまでは至らずとも、「子供を欲しいと思えないなんて、自分は女性としておかしいのではないか」と思い悩む人は非常に多く存在します。
「女性なら、子供を産みなさい」という圧力は、生きづらさという閉塞感だけでなく、時として自身の性別、セクシャリティをも歪めてしまうほどの強烈な力になり得るのです。

もしも、女性=子供を産むのが普通、という社会の押し付けがなくなれば、こうして苦しむ人を一人でも減らすことが出来る。

人間がマイノリティたり得るのは、社会に同調圧力があるからです。
世の中には様々なマイノリティ・グループがありますが、個人をマイノリティ化するのは結果的には自分自身です。例えば、LGBTをセクシャリティ分野におけるマイノリティ的存在だと定義づけるのは、その社会が決めることです。が、世間の考えるセクシャリティに馴染めないと感じる人が、最終的に自分をLGBTであると定義し、自身をマイノリティ・グループに落とし込む。自分をマイノリティに位置づけるのは、結局はその人本人の選択なのです。

世間一般の固定概念に同調できず、自らを無理にマイノリティ化させてしまう人々が少しでも減るように、これからの日本社会がどれだけ「性的役割の押し付け」を脱却していけるか。
それが、今の時代を生きる私たちに課された命題なのだと思います。

自戒を込めて。

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