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【創作大賞2024 恋愛小説部門】甘く、酸っぱく、君らしく #4【最終話】

――二十年後
『わたしの将来の夢は、パティシエールです。わたしの家は、ケーキ屋さんです。お父さんとおじいちゃんが、毎日ケーキを作っています。お母さんとおばあちゃんは、おいしいコーヒーや紅茶を淹れて、お客さんに出しています。
 わたしが、パティシエールになりたいと思ったきっかけは、お父さんとお母さんの、昔のお話を聞いたからです。お母さんが、中学校を休んでいたとき、お父さんがお見舞いにケーキを持って行ったことがあります。それから、二人はとっても仲良しになったそうです。
 わたしは、すごくステキなお話だな、と思いました。ケーキは美味しいだけじゃなくて、誰かを助けることもできると知ったからです。
 だから、わたしも誰かを元気にできるケーキを作れるようになりたいです。
 
作文:将来の夢 佐藤ほのか』

 授業参観を終え、廊下でほのかの帰り支度が終わるのを待つ。友達と話しながら進めるものだから、随分とスローペースだけれど、仲良くやれているならそれでいいか、と気長に待つことにした。時々、こちらを見ては手を振ってくる。緊張したのか、頬がほんのりと赤かった。
「佐藤さん」
「あ、先生。お世話になっています」
 ほのかの担任の先生が声をかけてきた。お年を召した、優しい雰囲気の、みんなのおばあちゃん的な存在の先生だ。
「ほのかさん、作文上手でしたね。三年生なのに、あんなにしっかり将来の夢も決まっていて……お母さまとお父さまのこと、よく見ているんでしょうね」
「ありがとうございます。本当は、もっといっぱい書いていたんですよ。文字数もオーバーしていたから、夫が一緒に内容を削ってくれて」
「あらあら。もしかして、お二人の馴れ初めのお話ですか?」
「お恥ずかしながら……」
 先生は上品にふふ、と笑みを浮かべて「よかったら、そちらも見せてください」なんて冗談を言った。


「おかーさん! お待たせ!」
「お疲れ様~! 帰ろうか」
 帰り道、外は昼と夕方の見分けがつきにくいほど明るく、夏の乾いた空気が肌をかすめていく。家までの徒歩十分、ほのかは今日もお友達との出来事をたくさん話してくれた。私と章くんの娘とは思えないほど、活発で、社交的で、友達も多い。
「作文、すごいって先生も褒めてたよ」
 ほのかは「でしょー!」と誇らしげに笑った。章くん譲りのチョコレート色の瞳が孤を描く。
 あの作文は、本当に苦労して書いたものだった。苦労したのは、私でもほのかではなくて、章くんなのだけど。
そもそも、ほのかは文章を書くことが好きらしい。暇さえあれば、物語を書いたり、特別な日でなくとも手紙をくれたりする。それ自体はいいのだけど……
「ほのか、ちょっと書きすぎだ」
「なにが?」
「ここ、お父さん達の昔話はいらないから……」
 作文に書かれた、私と章くんの学生時代の話。私が、聞かれるがままに話したら、まさか作文になってしまうとは。章くんは「恥ずかしい」と呟きながら、一緒に作文を書き直していた。


 ほのかが寝て、二人の時間。私は、今日の授業参観の様子と、先生から言われたことを章くんに伝えた。
「でね、同じクラスにちょっと気の強い子がいるらしくて……先生も注意して見てくれてるとは言ってたけど、私たちも気に留めておかないと、と思って」
「そうか……」
 どの時代にも、どの場所にも、カーストというのは存在するらしい。ほのかは、自ら敵を作るタイプではないけれど、みんなに好かれることもできない。それは他の子も同じだ。みんな『ちょっと合わない子』がクラスにいるのは当たり前なのかもしれない。子どもの頃は気付けないけれど、大人になって、そう思う。甘いだけが人生ではない。
「ほのかが、ほのからしくいてくれたら、俺はそれでいいよ」
 そうは穏やかに言いつつも、実際、ほのかが泣いて帰ってきでもしたら、相手の家に押しかけるんだろうな、と思った。
「ふふふ」
「何がおかしいんだ」
「いや、優しいお父さんだなって思って」
私のために怒ってくれた、章くんの優しさを今でも覚えている。今でも変わらず、誰かのために怒ることができる彼らしさはきっと失っていない。あの頃、私が恋をしていた『佐藤くん』は、今、目の前で照れくさそうに私から視線をそらした。

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