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短編小説「春」

「春」
断られるのは分かってた。
それでも気持ちにケリをつけるには、これしか無かった。
真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに彼女の方を向いて言う。
背筋を伸ばして。
冬と春の間のなんとも言えない澄んだ空気を胸いっぱいに吸う。
覚悟は出来た。
「ずっとずっと、僕は優奈のことが好きだった。」
「知ってるよ。ずっと前から。でも、ごめん。」

春のあの日、僕は優奈に出会った。
3年生に上がる時、この高校に優奈はやってきた。
「初めまして、鈴木優奈と言います。」
落ち着いていて、どことなくふわふわしている。
一目で『あ、僕はこの人が好きだ』と思った。
「出身は静岡で、趣味は映画鑑賞とサイクリングです。」
おっとりした雰囲気に反してサイクリングが趣味というギャップ。
可愛い。
「皆さんの顔と名前を早く覚えられるように頑張ります。よろしくお願いします。」
目を棒のように細くしてくしゃっと笑う。
僕が一番最初に名前を覚えて貰えるように頑張ろうなんてちょっと張り切っていたのを今でも覚えている。
春はすぐに木々の葉を青く変えて行った。


優奈は僕の所属している軽音部にやってきた。
部活にはいるけど、ただずっと見てるだけ。
アドバイスはないかと聞いても「私、あんまり楽器分からないからさ、上手だねくらいしか言えないよ。」なんて緩い返答をする
緩い部活だったので優奈の性格にも合っていたのだろう。
演奏もアドバイスもしないで見ているだけの優奈。僕がギターを鳴らすと、彼女はよく目を棒にしてくしゃっと笑う。
その顔が好きで僕はカッコつけて無駄な練習を毎日やった。
優奈はその無駄な練習に毎日付き合ってくれた。
木々はバカみたいな夏の暑さにやられて、葉を茶色く変えてった。

優奈は頭が良い。
テスト期間は良く英語について質問をした。
分かりやすく説明してくれるが、あの緩い喋り方だとどうにも気が締まらない。
「ねぇ、その喋り方だと勉強やる気にならないんだけど。」
「よく人に緩いって言われるけど、私ってそんな緩いかなぁ。」
自覚ないのか。
可愛いなコイツなんて思いながら、さらに質問を続けていく。
参考書に付箋を貼ってくれた。
[ここテストにでるよ!]という丸文字のおまけ付きだ。
おかげで勉強は人並みに出来ている。
少し気になって
「ねぇ、なんでそんなに僕の面倒見てくれるの?」と聞いてみた。
「可愛いんだよ、弟っぽさがあって。」
子供扱いされていることに少し腹が立った。
僕は優奈に異性として見られてないのかもしれない。
勝手に期待して勝手に気を落とす。
木々も茶色の葉を落として秋を終わらせた。

大学進学を目指していた僕は志望校に受かり、残りは卒業を待つだけだった。
大学に進学出来たのは優奈のおかげでもある。
久しぶりに部室に顔を出してみる。
「お、来たんだね。合格したんでしょ?おめでとう。」
僕の後輩が練習する姿を見ていた優奈は、部室の戸を開けるとすぐに気づいて立ち上がった。
「ありがとう。あの参考書、めちゃくちゃ役にたった。」
「でしょ?私凄いんだから。」
くしゃっとしたあの笑顔を久しぶりに見れた。
「どうせだから弾いていったら?ついでに歌ってよ。後輩に最後の勇姿を!なんてね。」
優奈はギターを手渡してくる。
後輩達も演奏をやめて僕の方を見る。
「分かった。」
僕はHalo at 四畳半の「春が終わる前に」を弾き語った。
力強くかき鳴らす。
後輩が目に入らないくらい、優奈はあの笑顔を見せつけてくる。

さよなら ごめんな
また逢えるだろうか
忘れやしないさ
いつかの青春を
Halo at 四畳半/春が終わる前に

喉が裂けるくらい力を込めて歌った。
ギターを鳴らし終える。
気付けば優奈の姿は無かった。
後輩達が拍手しながら褒めているようだが、頭には入ってこなかった。
寒い冬の間ずっと寝ていた蕾がそろそろ起きる。

卒業式の日、僕は優奈に式が終わったら部室に来るように言った。
僕は式や集合写真なんかを済ませた後、誰にもバレないように部室に駆け込んだ。
優奈は既に部室にいた。
弾けないはずのギターを鳴らしている。
「あ、遅いよ。難しいね、ギター。」
窓から入る日差しが暖かくて心地が良い。
言わなきゃいけないことがある。
僕は覚悟を決めた。
「優奈、、!」
ギターを置いてはこっちを向く。
「ずっとずっと、僕は優奈のことが好きだった。」
「知ってるよ。ずっと前から。でも、ごめん。」
優奈はあのくしゃっとした笑顔を見せた。
でも泣いてる。
僕はこの顔が見たかったのかもしれない。

優奈は言う。

「私は先生、あなたは生徒。仕方の無い壁があるんだよ。」
「分かってるよそんなの。それでも!」
「春が終わったら。」
「え?」
「あなたの春が終わったら。その時まだ私を好きでいてくれるなら。絶対、会いに来てね。」

生まれ落ちた瞬間に
この未来も決まったろうか
誰の呼ぶ声も聞こえないふりをした
春が散って季節は繰り返す
あなたを今も
Halo at 四畳半/春が終わる前に

あれから数年がたった。
社会人になっても僕は優奈を忘れられてない。
通勤電車から校舎が見える度にあの頃を思い出す。

僕の春は今も終わらないでいる。

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ありがとうございました

叙述(じょじゅつ)トリックを用いた作品です
僕の趣味が誰かの楽しみや驚きに繋がることを願っています
そして、少しでも僕の声が貴方の力になれば幸いです

そしてHalo at四畳半の皆様
本当に応援しています
これからも素敵な楽曲を届けてください

それでは失礼します

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