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背伸びしたパンプス #妄想デート日記
『よかったら、一緒に映画でも行かない?』
それまでの何気ないやりとりの延長を装って、震える指でメッセージを送る。断られた時用の、次の話題は考えてある。もし、もしもOKだったら――
『喜んで!』
ぴこん、と通知が鳴って、ファイさんからの返事が届く。いつもの猫のアイコンがそう言っているのが信じられなくて、私は何度も目をこすった。夢じゃない。
約束の日は、次の日曜日。手持ちの服は、ああそういえばこの間靴をだめにしてしまったんだっけ。バイト代の残りと、買い物に行けそうな時間を確認しつつ、私は頬が緩むのを抑えられなかった。
***
あっという間に、約束の日になった。
地元から電車を乗り継いで、一時間弱。待ち合わせの高田馬場駅に着いた。初めて降りる駅だけれど、日曜でも学生風の若者でにぎわっている。
今日は、早稲田松竹というミニシアターに行く予定だ。大好きな往年の名作を劇場で観られると知って、この機会を逃す手はないと思った。偶然にも、高田馬場はファイさんの大学がある街。行き先はすんなりと決まった。
ファイさんは、約一年前に後輩を経由して知り合った「ネットのお友達」。最初こそ後輩のことしか話題がなかったけれど、同じ小説家のファンだとわかったのがきっかけで、いろいろな話をするようになった。最近読んだ本や観た映画、お気に入りのお店。いつも使っているSNSで、どちらからともなくコメントを残し、二言三言やりとりをする。
同い年の大学生で、理系で、ピアノを習っていて、スポーツはちょっと苦手。顔も声も、本名すら知らないけれど、ファイさんとのやりとりは恋人のいない私にとって心躍る時間だった。出会って一年、頻繁に会話するようになって半年、まさか本当に会えるなんて、と未だに信じられない気持ちの方が大きい。
(もう一回、トイレで鏡見てこようかな)
待ち合わせ時間まであと20分。普段から待ち合わせには余裕を持って行くタイプだけど、今日は絶対に先に着いてファイさんを見つけたかった。
(理系で眼鏡、チノパン……)
事前に教えてもらった情報をもとに、それとなく駅構内を見渡す。聞いた時から薄々思ってはいたけれど、そんな人ばかりだ。でも逆に、すぐに見つからない方がいい。デートは待ち合わせこそが醍醐味だから。
大学生になって、おそらくデートと呼べるものも何回かしたけれど、デートは待ち合わせが一番楽しいと思う。服装は変じゃないかな、今日はどこに行こうかな、何を話そうかな。そんなことを考えて、好きな人を待つ時間が、一番わくわくする。
そんな私はというと、お気に入りのブラウスに落ち着いたグリーンのミモレ丈のスカート、足元はおろしたてのパンプス。大学に行く時はほとんどスニーカーだけれど、少しでもスタイル良く見せたくて、少しヒールの高い物を選んだ。
先ほどから通り過ぎる人達は男性が多いけれど、時折女性が通るとぱっと輝いて見える。やっぱり東京の女の人は綺麗だなぁ……と落ち込みそうになるのをこらえて、ファイさん探しを再開する。気付くと、駅の時計は待ち合わせ時間の10分前を指していた。
ふと、3メートルほど先にいた男性と目が合う。私より頭一つ半ほど背が高いだろうか。チノパンに白いシャツ、ブルーの薄手のジャケットが爽やかだ。たまたま目が合ったにしては長い時間見つめ合って、お互いにはっと気付く。
「ルナさん……ですか?」
本名とは似ても似つかない私のもう一つの名前を口にしたその人こそ、ファイさんだった。
***
事前に調べた地図によると、高田馬場駅から早稲田松竹まで徒歩七分。早稲田口を出て早稲田通りを真っ直ぐ行ったところにあり、方向音痴な私でも迷うことはなさそうだった。それに今日は、この地に明るいファイさんがいる。
「はじめまして」「行きましょうか」と挨拶を交わしたものの、道幅が狭いのもあって、なんとなく斜め後ろを歩いている。特にこちらを振り返ることもなく歩き続けるファイさんに、次第に心がざわつく。普段は友人のようにメッセージを送り合っているけれど、異性と初対面となるとこんなものなのだろうか。
一生懸命ついていきながらも、会ったことを後悔されていたらどうしよう、と不安な気持ちがむくむくと湧いてくる。待ち合わせ前の高揚感はどこへやら、前向きな気分にさせてくれていたおろしたてのパンプスすら、歩きにくく感じてしまう。
「ついた……ここですね」
ファイさんの声にうつむいていた顔を上げると、「早稲田松竹」と看板の出たクリーム色の建物の前についていた。掲示板には「豪華ラインアップ」と表示があり、今週上映中の作品のポスターが貼られている。大好きな映画のポスターを見つけ、沈みかけた気持ちが戻ってくる。時間もないしチケット買いましょうか、と声をかけられ、やっと「はい」と笑顔で答えることができた。
中に入り、チケットカウンターで学生証を提示する。
シアターによりけりかもしれないが、ここでは毎日二本の映画を複数回上映していて、学生は1100円で二本観ることができる。休憩時間を挟んで続けて鑑賞してもいいし、一本だけで帰っても、外出証をもらってまた戻ってきてもいい。それぞれの都合に合わせて、名作を楽しんでほしいというスタイルだ。
地元にも映画館はいくつかあるが、どれも大型ショッピングセンターに併設されたシネコンばかり。こうしたいわゆる「名画座」に来るのは初めてで、作品そのものへの期待はもちろん、館内を見て回るのも楽しい。
「そろそろ中に入りましょうか」
古い名作のパンフレットやポスターが並ぶ売店をのぞいていた私のところに、同じくあちこちを見ていたらしいファイさんがやってくる。シネコンと違って、座席指定ではない。まだ上映開始までは少し時間があったが、劇場内に入ることにした。
午前中の早い時間だったが、やはり長年人気の作品だけあって、そこそこお客さんが入っていた。後方に空いた席を見つけ、ドリンクホルダーに買ったホットココアを置く。
「名画座でも、上映前の広告ってあるんですかね」
「さぁ……どうでしょう、映画館によるかもしれないですね」
SNS上でも丁寧な印象だったファイさんだが、こうして敬語で話していると少し距離を感じてしまう。とはいえ、私も適当な話題が見つからず、この時ほど自分のコミュ障ぶりを恨んだことはなかった。
会うのが楽しみなのは、私だけだったのかな。鞄の中を整理するふりをしてこっそりため息をつくと、こちらを気遣うような視線を感じた。ふと顔を上げると、ぐっと身を寄せてきたファイさんと一気に距離が縮まる。え、え。
「……ごめんなさい。本当は僕も、ここに来るのは初めてなんです」
「そ、そうなんですか?」
「でもせっかくこっちまで来てくれるって言うし、なんだか見栄を張っちゃって。せっかくかわいい格好なのに、歩くの速かったですよね。すみません」
そう言ってぺこり、と頭を下げるファイさんに、こわばっていた心がするするとほどけるのを感じた。
なぁんだ。私の背伸びしたパンプスと、一緒だったんだ。
「いえいえ、こちらこそ、うまく話せなくてごめんなさい。……映画が終わったら、ランチしながらゆっくりお話でも」
その時、上映開始のブザーが鳴る。「また後で」と口パクするファイさんに、微笑み返す。
もう何度も観た大好きな映画。終わったら、たくさん話したいことがある。映画の感想や、この間教えてくれた本のこと。大学でのこと。せっかく背伸びしておしゃれしたんだから、今日はいっぱい、楽しもう。
不器用な私達のデートは、まだ始まったばかりだ。
***
こちら、百瀬七海さんの企画に参加しました。初の企画参加です……どきどき。
今朝起きて、いつも仲良くしてくださっている(と思っている)椿さんが素敵な「きゅん」とくるデート日記を書かれていて。今日が企画の〆切ということで書いてみました。
(泊まれる本屋さん、いつか行ってみたいです)
早稲田松竹さん、一度行ったきりなのですがとても雰囲気のいい映画館でした。シネコンとはまた違った趣があります。
結婚して一年半、デートの記憶も遠い昔ですが、大学時代を思い出して書いてみました。どれが事実でどこからが妄想なのか……ご想像にお任せします(笑)
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