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【雑文】13320回の奇跡
考えたらものすごいことですね
齢三十六、新人中年オヤジともなると「あそこで道を踏み外さなくてよかった」「よく無事でいられたな」と肝を冷やすことがあります。
あるいは「現代医療がなかったら間違いなくこの世にいなかったな」と思うことも(気胸その他)。
三十六年と約半年、日数にしておよそ13320日の半生を歩んでまいりました。
その日一日を迎えられるだけで奇跡だと思っていますので、13320回の奇跡の連続でいまがあるわけです。
そう考えると「13320」と端数で揃えるのすら畏れ多いことですね💦
カレンダーの計算、苦手なんです😅(笑)
わりと死線を潜り抜けてきました
小さい頃は病弱で、毎年インフルエンザにかかっていましたし、自家中毒やアトピー、脱毛症といった自己免疫疾患もいくつか持っていました。
脱毛症はいまに至るまで続いています。
この時点で、時代が時代なら早世していたかも知れません。
また、先述した通り、気胸をやったときは大変医療のお世話になりました。
精神疾患に及んでは言わずもがなです。
もし、この13320回の奇跡をまるっともう一回享受できるとすれば、その頃には73歳。
人生百年時代といわれていますが、七十過ぎまで生きるのにどれほどの奇跡の積み重ねがあることか。
志すところによりけり
この一度きりの人生、山治田個人としては、特に偉業を成さなくてもいいと思っています。
あれやこれやと奔走し、なお満ち足りず獲得に向かう人生は不向きです。
医療もしくは介護施設で事務をして、高齢者の医療・介護の縁の下の力持ちができればいうことなしです。
足が悪くなければ介護士を目指していたところですが、こればかりは次善の策というやつです。
もちろん、日ごろからお世話になっているくまさんのように、大きなビジョンのもと、日々お仕事と勉強に励まれるのも立派な生き方だと思います。
単に、志すところ、目指す方向性が違うだけです。
とはいえ、人生にそれほど多くを求めないにしても、私淑している身近な人物のように生きられたら、そこにちゃんと自分自身が参加していれば、ささやかでも満足のいく人生を送れるでしょう。
私淑している人物は、父と、とある和菓子職人さんです。
あの二人の男のように
父は激務をこなしながら定年まで勤め上げ、再就職から介護離職、父の両親(山治田の祖父母)を見送ってからもなお、山治田(と他の家族)の病気に理解を示してくれています。
愚痴りたいこと、不満など、絶対あったはずですし、いまもあるかもしれません。
ですが、そんなことはおくびにも出さず、ただただ理解し受け止めてくれる存在です。
強くなければ絶対できないことです。
父の強さに一歩でも近づきたい。
また、あるA型作業所では和菓子職人さんに可愛がってもらいました。
山治田がどんなに稚拙なことをいっても、同じ土俵に立って受け答えしてくださり、いろんなことを教えてくださった経験はかけがえのないものです。
その人は神経系の難病を患っていますが、毎朝、若者でも真似できないようなキツいリハビリをしてから出勤していました。
どこまでも和菓子を愛し、どこまでも強く、どこまでも障壁を乗り越えてきた人です。
口に出して言ったことはありませんが、紛れもなく山治田の「師匠」です。
自立という恩返し
思いのほか長くなってしまいました(笑)
二人への恩返しは、山治田自身が独立独歩、自立して生きていくこと、これに尽きます。
時間はかかるかもしれませんが。
マジで長くなってしまったので、マジで切り上げます(笑)
最後までお読みいただきありがとうございました、またお気軽にお越しくださいませ😊