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比叡山延暦寺へ ─『法華経』へのあれこれとともに─(後編)

朝のおつとめ ─薬師如来の佇まい─

─12/9(木)─
朝のおつとめは7時から。外に出ると、初冬の朝の山のにおい。

おつとめが行われる根本中道は、改修工事中。外観は完全にプレハブ小屋。工事期間は、2016年10月からおよそ10年。本堂にお参りできる形で改修を進めるため、工事期間が長くなるそうだ。

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改修工事中の根本中道

本堂は鉄骨だらけ。工事の網もあちこちに垂れている。
お坊さんがおつとめをする<内陣>は、参拝者のための<中陣>より3メートル低い。これは天台宗の仏堂の古い形式で、仏さまと参拝者の目の高さが同じになるように設計することで、「誰もが仏さまになれる」という法華一乗の思想を表しているのだそう。

仄暗い本堂は、「不滅の法灯」から点けられた蝋燭の灯にゆれる。
ご本尊は秘仏のため拝むことはできないが、薬師如来坐像が素晴らしかった。無機質な鉄骨に囲まれていても、まるでゆらがない。ただただおだやかな時間をまとっている。その佇まいに感動する。薬師如来坐像の、何が、時間と空間を変えるのか。積み重なった時間や祈りは、どこに堆積し、どう空間に表れるのだろう。

おつとめは声明から始まり、回向では延暦寺会館宿泊者の名前も読み上げられる。この空間に自分の名前が響き、長い歴史に自分が連なったよう。
法話は、延暦寺の成立ちや改修について。読経と法話が約20分ずつだった。

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改修工事前の根本中道

読経したお坊さんにお経について問いかけ

おつとめのあと、読経していたお坊さんにお経について伺うことができた。本堂の外でお呼び止めしたところ、立ち話で30分近くお喋りしてくださった(以下、ご許可を得て掲載)。

【朝のおつとめで読まれたお経/声明】
・三礼(さんらい)
・如来唄(にょらいばい)
・揚勧請(あげかんじょう)
・開経偈(かいきょうげ)
・妙法蓮華経如来神力品第二十一
・般若心経
・回向
・諸真言
・唱名「南無根本伝教大師福聚金剛」
・後唄(ごばい)

(※伺った話をもとに)

── おつとめで読んだお経と意味を教えてください

最初にお唱えしたのは「三礼」といいまして、仏さま、仏さまの教え、仏さまの教えを守って勉強する人たち、に対してご挨拶するお経です。
次のお経は「如来唄」という仏さまのお徳を讃えるもので、その後、これからお唱えするお経はどういったお経ですよと「揚勧請」をあげました。

その次が「開経偈」で、このようなお経です。
 無上甚深微妙法
 百千万劫難遭遇
 我今見聞得受持
 願解如来真実義
仏さまの尊い教えには、なかなか出あうことができません。けれど、私は幸いそのお経に接することができました。こうして仏さまの教えに出会うことができたのですから、しっかりその教えを理解するように努力いたします。

── 法華経でなぜ「第二十一」を選ぶのですか

(「如来寿量品第十六」をよく聴く印象があったので伺った)

ここ比叡山では、生きておられる方々の願いを成就させましょうと、御祈願が昔からよく行われています。比叡山におられるお釈迦さまをはじめ、あらゆるお薬師さま仏さまに向け、如来の力をはたらかせ、世のため人のためにお力をくださいと、「神力品第二十一」をお唱えすることが多いのです。

── 法華経はどのようなお経ですか

法華経は、あらゆる人は同じように尊いものを持っていますから、仏さまのように努力して自分を磨けば、誰もが仏さまのようになれますよ、というようなことを説いています。私も尊いし、あなたも尊い。この世のあらゆるものは尊いんだよ、とそういったお経です。
仏さまは我々より優れたところを持っておられるけれども、我々も仏さまを意識することによって、仏さまに近づくことができる。ですから、あらゆるところを道場だと思ってしっかりやりましょう、と。

「思想としての法華経展」カタログ

── 般若心経はどのようなお経ですか

般若心経は、基本的な大乗仏教の教えです。「空(くう)」の教え。「色即是空」「空即是色」という言葉が出てきます。「色(しき)」は、目に見えるもの、手に触れられるもの、我々の五感に訴えかけるもののこと。これらはもちろん愛おしいもので、素晴らしいものです。けれども、あらゆるものはなくなっていきます。
紅葉も1ヶ月前は綺麗でしたが、今は散っています。姿・形を変えていく。滅し、なくなっていく。でもそこで、どうせ変わっていくならどうだっていい、という思いが強くなりすぎると、「今」この瞬間、あらゆるものが生きているこの瞬間を、虚無的に過ごしてしまう。それはもったいないことです。ですので、現実世界に執着しすぎず、しかし、虚無的にもなりすぎず、ということが説かれています。
少し発展すると、“なかほどをとってほどほどがいいね”と。「中道」などと言われます。イエスかノーかであれば簡単だけれど、それで答えが出ないこともたくさんある。イエスでもなく、ノーでもないそういったものなんだということ。どちらにも偏らない、極端に走りすぎない。そういったことを理解して実践していきましょう、ということですね。

そして「後唄」は、言葉を口ずさみながら説明してくださった。

こちらは蓮華をたとえにしたものです。
 処世界如虚空

 如蓮華不着水
 心清浄超於彼
 稽首礼無上尊
いいことも悪いこともあるけれども、蓮華のようにきれいに咲け、と。大事な根は泥の中にあり、そこから養分をいただいている。きれいな花を咲かせる蓮華は、泥の世界を捨てていない。泥の中や水の中というのは、我々の迷いの世界ですね。そこを捨てない、ということです。そして、僧侶はその中で十分なはたらきをして、人々を導いてくださいよ、と。自ら花を咲かせてこっちだよと、皆を導いていってくださいよ、と。
そういうことを説いているお経だと思います。

ハスの蕾(伊豆の国市 正連寺)

── 一番好きなお経は何ですか

一番よく読むのは法華経です。ただ、法華経はものすごくいいのですが、簡単なように見えて、難しい。物語性の強いお経です。

──宗教者に限らず、多くの芸術家が『法華経』に影響されていますよね。それがなぜかなと思っています。どこに一番惹かれますか。

「方便品第二」です。お弟子さんたちが「なぜ仏はこの世に出てきたのですか」と疑問を持ち、お釈迦さまが「仏がこの世に出たのは一大事の因縁で、皆に仏の知見を開かせるためだ」と仰るあたりはとてもドラマチックです。
法華経は、読む人の感性でいろいろな解釈ができるお経だと思います。他のお経はシステマチックにできているので、理系の人でもわかりやすい。法華経は文系の人の方が、いろいろな解釈が入って楽しいかもしれません。

あと「如来寿量品第十六」も、とても比叡山でも大事にされますし、「観世音菩薩普門品第二十五」もすごい。観音さまの万能性ですよね。観音さまがさまざま姿を変えて我々を助けてくださる相手に応じて手を差し伸べてくださる。けれど、観音さまを拝むだけではなく、自分もそうあれと仰っているのだと思います。お釈迦さまは臨機応変に対機説法をなさって、あらゆる人びと、あらゆる階層の方々に法を説かれました。それが時代を超えて、ああいった観音経という形でまとまったのかな、と考えています。

── お経を唱えるって、どういうことですか

おつとめが終わって仏さまの前から出てきましたら、我々もお掃除など日常に戻ります。好きなことをしているときは、冷静に物事を考えられるけれど、仕事や人間関係がいざ目の前でぐわんとなれば冷静にいられませんよね。そんなとき、ああ、今朝、「蓮華の如く」って唱えたなと思うと、いやいやあかんあかんって、整われると言いますかね。そういう癖づけをするために、我々はおつとめをしています。1回読んでできるようになりましたら、お経も仏教もなくて済んでしまうかもしれません。放っておいたら、ふらふらっといってしまう。それを不動明王さまが絡めとって、また元に戻してくださる。そういうものが、キリスト教やイスラム教や仏教や、いろいろな教えの中にあるんだと思います。

── ありがとうございました。

お声掛けするまでとても不安だったが、「法華経」や「般若心経」の意味を簡単に教えてほしい、などという質問にも、初心者にわかるような表現で説明してくださった。そしてすべての問いに丁寧に答えていただいた。
延暦寺に来て、よかった。お忙しい中、本当にありがとうございました。

【付記】延暦寺会館からの琵琶湖の眺望

延暦寺会館は、精進料理も美味しく、部屋からの景色も素晴らしかった。
夜は琵琶湖を囲む街の灯の点滅。早朝は湖面を昇る朝陽のグラデーション。

延暦寺会館宿泊の際は、琵琶湖側のお部屋がおすすめ。

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延暦寺会館から夜18時頃の眺め
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延暦寺会館から朝6時頃の眺め

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