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受付嬢京子の日常①

「え⁉︎辞めちゃうんですか⁉︎」

自分の声が思ったより響いた気がして、原田京子はとっさに口元を隠す。施設の休憩室はいつも通りざわざわしていた。一緒に話をしていた山崎美奈子の目に、咎める色はない。声が響いた、と思ったのは声をだした本人だけだったらしい。ほっとして京子は話を続ける。

「グリーンパークにさ、欠員が出たらしいんだよ。」

「先輩が前行ってたところですよね?でも、時給低いって言ってませんでした?」

京子達は、1日に3万人が利用する駅ビル、ekimo (エキモ)のインフォメーションで受付嬢として働いている。美奈子が言うグリーンパークは週末は人が多いものの、平日は静かな商業施設だ。平日、ただ駐車券をチェックするだけの仕事もつまらなかったと美奈子が言っていたのを、京子は聞いた事がある。

「うん。100円だけね」

「100円って大きいですって」

京子の言葉に、美奈子は何とも言えない顔をする。京子はあえて話題に出さないが、本当の理由が別にある事をわかっていた。勤務時間がネックなのだ。

エキモは朝10時から夜10時まで開いている施設だ。インフォメーションとして夜までいなければならない。美奈子が最初に時間のことを言わないのは、この先も働く自分への気遣いだろうか、と京子は考えていた。

「あそこって制服、ダサいじゃないですか」

「それはココも」

2人は目を合わせて笑う。周りにいるのは、駅ビルの店舗で働く人たちだ。アクセサリーショップの店員の大振りのピアスが揺れるのが、山崎の肩越しに見える。あのスタッフさんは明るい色に髪を染めているのに、下品にならないんだよなぁと、京子が思っていると、美奈子が立ち上がった。

「コーヒー奢ってあげる」

そう言って休憩室の自動販売機に向かって行った。京子が美奈子を目で追うと、ビニール袋にプラスチックの食品容器を入れる男性が目に入る。あれは確か、オムライス屋さんのスタッフさんだな。京子はここで働き始めてもうすぐ1年になる。飲食店のスタッフは人数も多くて覚えられないが、ようやく週に4回は顔を合わす程度のスタッフなら顔を覚えられるようになって来た。駅ビルには従業員用の食堂はない。飲食店のスタッフは賄いを食べていることも多いのに、今日は違うんだなぁと京子は自分の詰めたお弁当を思い出す。自分だったら絶対に賄いを食べるのに。

「はい。どこ見てるの」

山崎が戻ると、京子は口角を上げて顔を小さく横に振った。山崎が話し始める。

「私結婚するからね。グリーンパークは8時で終わるから。」

「もう入籍するんですか!?プロポーズ、クリスマスですよね?」

今日は1月15日だ。結婚のことはよくわからないけど、プロポーズから1ヶ月も経たずにするものだろうか。京子は山﨑が「プロポーズされたんだ」と満面の笑みだったのを思い出す。

「まだだよ。でも式は今年の12月にしたいから式場探し始めてるんだ」

「じゃぁここ休み多いし、いたらいいのに。」

早番、中番、遅番のシフト制、1ヶ月に10日休みだが、中番はほとんどない。早番なら6時過ぎには帰れるのだ。式場探しは無理でも、彼氏と打ち合わせはできそう。

「春には一緒に住むからちょっとでも早く帰りたいかなってね」

惚気られているはずなのに、山崎はどこか寂しそうな顔をする。京子は気づかないふりをして、惚気ですね、と茶化した。

「それにさ、この仕事もいつまでできるか分からないしね」

山﨑は京子のひとつ上で27歳だ。インフォメーションスタッフ、受付嬢とも呼ばれるこの仕事は、年齢制限がある。表立っては書かれていなくても、面接で遠回しに言われるらしい。それでも、京子が聞いたのは33歳を超えそうになると、そんな事があると言う程度だったはずだ。

「まだまだですよ。だってリーダー、30歳じゃないですか」

山﨑は2年前にエキモができた時からのオープニングメンバーだ。その時から一緒に働いているリーダー斎藤友美はインフォメーションのリーダーだ。京子は密かに某アイドルグループにいたまゆゆに似ていると思っている。

「リーダーは社員だからね。私たちとは違うよ。」

そう、京子と美奈子は派遣社員だ。いつ交代させられるかわからない。京子は派遣会社に入ってからいくつかの仕事をやってみた。時給に釣られてデパートのブランド直営店で働いた時には、着るスーツを良いものにしなければならず、買い揃えたが、売り上げが伴わない、と嫌味を言われるのが嫌で辞めた。デパートの子供服売り場も時給が良かったが、急にシフトを減らされて、辞めた。バイトの掛け持ちもした。ライブのグッズ売り場やイベントのパンフレットを渡す、単発のバイトだ。11時からと19時からの2公演なのに、始発電車で暗いうちから集合だった時は、もう一生やらないと心に決めた。一つのところで安定してシフトに入れるところを、派遣会社から、勧められたのが受付嬢だ。

今まで一度も休みはない。夜10時まで働くのは大変だけど、特にスキルもないのに、時給1200円は魅力的だ。それに月のうち半分は早番で6時過ぎには仕事が終わる。友達と待ち合わせして遊びにいくのも、デートも、今のところ、問題ない。京子は、出来るだけ長くここで働こうと心に決めている。それでも、派遣は年齢問題が出てくるのだ。社員である友美は、インフォメーションから外れても、駅周辺にいくらでもポストがある。

会話がなくなってきたところで、美奈子が腕時計を見た。休憩が終わる前に更衣室で歯磨きをして、メイクを直す。受付嬢達のいつもの習慣だ。

「行こっか」

美奈子の後を京子がついて行く。更衣室に行くまでの間、目が合った黒い服女性がすれ違いざま、京子達に会釈をした。満面の笑みで。初対面だよね?京子は自分に問いかけた。

受付嬢京子の日常②

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