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本にまつわるエッセイや書評を中心に。
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#ほしおさなえ

椿柄の銘仙と一冊の雑誌が繋ぐ、かつて少女であった彼女の記憶。ほしおさなえ 著『琴子は着物の夢を見る』

時折、幼い頃に母の実家で見た着物のことを思い出す。あの日、いつも通り玄関の引き戸を引くと、普段とは異なる光景が広がっていた。目に飛び込んできたのは、和室に並べられた鮮やかな着物の数々。近づいてよく見ると、それぞれの着物に、花や蝶、鳥など美しい模様が施されている。 「すごい……」、と思った。今であればあの時の気持ちを、もう少し繊細に表現できただろう。しかし、当時の私にとって「すごい」が、美しいものに対する精一杯の褒め言葉だった。 その記憶が、ほしおさなえ氏の『琴子は着物の夢

染織を通して「生」と向き合う。ほしおさなえ著『まぼろしを織る』

「生きる理由」と呼べる何かをもっているだろうか。特にない、と答える人もいるかもしれない。一方で、夢や目標などをそう呼ぶ人もいるだろう。生きる理由は人生に不可欠というわけではないが、あると日々が輝き辛い出来事も乗り越えられる存在だ。 だが、必ずしも良い影響を与えるとは限らない。たとえば、生きる理由を自分ではなく他者が決めたことにより、生きづらくなることもある。ほしおさなえさんの、『まぼろしを織る』(ポプラ社)を読んで改めてそう感じた。 本書は、主人公の槐(えんじゅ)が染織を