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本にまつわるエッセイや書評を中心に。
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静かな図書館はさびしいから

「あれ……?」 足を踏み入れた瞬間、“それ”に気づいた。 「静かだ」 仕事に必要な資料を探すために、久しぶりに図書館を訪れると静かなことに気づいた。 「図書館って静かな状態が普通でしょ?」と思うかもしれない。たしかに、「館内ではお静かに」と書かれた紙が貼ってあったり、多くの利用者が約束を守り静かに本を読んだりしているはずだ……普段であれば。 しかし今日は、その本を読んでいる人も見あたらない。それだけではない。普段は置いてある1人がけのソファもすべて撤去され、子どもた

偶然も重なったので

大変だ。 この頃、「読みたい本が多すぎる問題」に直面している。出合わない時はパッタリなくせに、2月の『文をあたる』をかわきりに、『鯨オーケストラ』『流星シネマ』『屋根裏のチェリー』『中庭のオレンジ』『うたかたモザイク』と、まあ、出合うであう。 さらに昨日は、大好きな作家さんの作品も掲載されている、短編小説集『ほろよい読書』の第2弾『ほろよい読書 おかわり』が出ると知り、小躍りしそうなほど喜んだ。でもその前に、『水中の哲学者たち』と『黒猫を飼い始めた』も読んでおきたい。

椿柄の銘仙と一冊の雑誌が繋ぐ、かつて少女であった彼女の記憶。ほしおさなえ 著『琴子は着物の夢を見る』

時折、幼い頃に母の実家で見た着物のことを思い出す。あの日、いつも通り玄関の引き戸を引くと、普段とは異なる光景が広がっていた。目に飛び込んできたのは、和室に並べられた鮮やかな着物の数々。近づいてよく見ると、それぞれの着物に、花や蝶、鳥など美しい模様が施されている。 「すごい……」、と思った。今であればあの時の気持ちを、もう少し繊細に表現できただろう。しかし、当時の私にとって「すごい」が、美しいものに対する精一杯の褒め言葉だった。 その記憶が、ほしおさなえ氏の『琴子は着物の夢

生きていれば誰もが遭遇する、心の揺れとの向き合い方を描いた『町なか番外地』小野寺史宜 著

何かうまくいかないことや想定外のことがおきると、情けないが「この場から離れたい」と思ってしまう。目の前の問題から逃げたいわけではない。いったん問題から離れ、気持ちを落ち着かせたいのだ。想定外の出来事に揺さぶられた心が穏やかさを取り戻し、少しでも冷静に判断できるようなってから、原因と向き合いたい。そう思ってしまうほど、心の揺れは向き合うために気力と体力が必要だと感じる。 そんな厄介な存在と向き合う人に、寄り添い背中を押してくれる一冊が、小野寺史宜 氏の『町なか番外地』(ポプラ

コンプレックスを抱えて生きる女性の心を、温かなひと皿がときほぐす。古矢永塔子 著『初恋食堂』

漫画や小説において外見にコンプレックスをもつ主人公は、比較的見かける設定ではないだろうか。そして、ストーリーもまったく同じではないが、定番の流れが存在するように感じる。 古矢永塔子氏の『初恋食堂』(小学館文庫)も、読み始めた時はそのような流れで進むのではないかと思った。しかし、その予想は物語の序盤に覆される。もちろん、良い意味でだ。予想外の展開に、思わず「そっちなの!?」と声も出てしまった。 本書は、第1回「日本おいしい小説大賞」受賞作『七度笑えば、恋の味』を改題、文庫化

楽しさもあれば不安もある。おひとりさまの暮らしを、6人の女性作家が描いたアンソロジー。『おひとりさま日和』

今や、生き方のひとつとして現代に馴染みつつある「おひとりさま」。一括りにおひとりさまといっても、その生き方を選んだ、選ばざるをえなかった理由や経緯は人によって異なる。『おひとりさま日和』(双葉文庫)に登場する、6人の女性もそうだ。 本書は、ひとり住まいにおこる出来事を題材に、6人の女性作家が書きおろした短編小説集である。おひとりさまの楽しさだけでなく、不安要素にも触れており、たんに、おひとりさまの良さを描いた一冊ではない。とはいえ、本書にはひとり住まいの魅力もたっぷりと描か

染織を通して「生」と向き合う。ほしおさなえ著『まぼろしを織る』

「生きる理由」と呼べる何かをもっているだろうか。特にない、と答える人もいるかもしれない。一方で、夢や目標などをそう呼ぶ人もいるだろう。生きる理由は人生に不可欠というわけではないが、あると日々が輝き辛い出来事も乗り越えられる存在だ。 だが、必ずしも良い影響を与えるとは限らない。たとえば、生きる理由を自分ではなく他者が決めたことにより、生きづらくなることもある。ほしおさなえさんの、『まぼろしを織る』(ポプラ社)を読んで改めてそう感じた。 本書は、主人公の槐(えんじゅ)が染織を

吉田篤弘さんが紡ぐ、優しい物語の世界。そっと手渡したい5冊。

今年の3月に『鯨オーケストラ』と出合い、優しい物語と言葉の選び方に惹かれ、吉田篤弘さんの作品を好んで読むようになった。 X(旧Twitter)に投稿している読書記録も、吉田さんの作品が大半を占めている。もしかすると、鶴田の投稿に対して「またかーい!」と思った方もいるかもしれない(好きになったらトコトンな性格のもので……)。 でも、投稿するうちに「気になったから読んでるよ」や「気になるから、最初に読むならコレ!という本を教えてほしい」などといった、嬉しい言葉をもらうことも増

「書くこと」を通して人や思いをつなぐ物語。三浦しをん著『墨のゆらめき』

歳を重ねるにつれ、「もっと知りたい」と思える相手に出会えた時ほど、近づくことを躊躇してしまう人は多い。人によって理由は異なるが、その根底にあるものは、傷つくことへの恐怖心ではないだろうか。さまざまな人と出会うなかで、自分の過去や気持ちを理由に相手が離れていったり、表向きは受け入れてくれたように振る舞っていたが、本音は違うことに気づいたり。このような傷ついた経験が、人を臆病にするのかもしれない。 しかし、怖がりながらも少しずつ距離を縮めていき、お互いを受け入れ合うことができた

それぞれの過去が重なり合い、やがてひとつの物語になる。吉田篤弘 著『鯨オーケストラ』

書店でさまざまな本を眺めていると、その黒く品の良い装丁が目に留まった。そして、ページをめくり少しだけ物語の世界に触れた時、「この方が選ぶ言葉がとても好きだ」と感じたのだ。それが、筆者と吉田篤弘氏の物語との出会いであった。 そんな筆者にとって、記念すべき一冊目となった『鯨オーケストラ』(角川春樹事務所)は、声優や朗読など声の仕事を生業にする青年、曽我哲生(そが てつお)の視点で描かれている。ある日、担当する深夜のラジオ番組で、17歳の時にモデルをした絵が行方知れずになっている

美しい日本語を美しいまま。

塩谷舞さんのエッセイ『ここじゃない世界に行きたかった』を読んでいて、気になるところがあった。 塩谷さんが短期留学で、アイルランドのダブリンを訪れた際の出来事だ。アイルランド人の女性講師に、日本には西暦の他に"和暦"というものが存在すると説明している部分。 アメリカ人に同じことを話した時は”面倒なシステム”と言われたと書かれている。だから、アイルランド人の彼女も、似たような反応をするだろうと予想していた。 でも、その予想は大きく裏切られる。 彼女は「なんて素晴らしいの!