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本にまつわるエッセイや書評を中心に。
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#本

静かな図書館はさびしいから

「あれ……?」 足を踏み入れた瞬間、“それ”に気づいた。 「静かだ」 仕事に必要な資料を探すために、久しぶりに図書館を訪れると静かなことに気づいた。 「図書館って静かな状態が普通でしょ?」と思うかもしれない。たしかに、「館内ではお静かに」と書かれた紙が貼ってあったり、多くの利用者が約束を守り静かに本を読んだりしているはずだ……普段であれば。 しかし今日は、その本を読んでいる人も見あたらない。それだけではない。普段は置いてある1人がけのソファもすべて撤去され、子どもた

偶然も重なったので

大変だ。 この頃、「読みたい本が多すぎる問題」に直面している。出合わない時はパッタリなくせに、2月の『文をあたる』をかわきりに、『鯨オーケストラ』『流星シネマ』『屋根裏のチェリー』『中庭のオレンジ』『うたかたモザイク』と、まあ、出合うであう。 さらに昨日は、大好きな作家さんの作品も掲載されている、短編小説集『ほろよい読書』の第2弾『ほろよい読書 おかわり』が出ると知り、小躍りしそうなほど喜んだ。でもその前に、『水中の哲学者たち』と『黒猫を飼い始めた』も読んでおきたい。

コンプレックスを抱えて生きる女性の心を、温かなひと皿がときほぐす。古矢永塔子 著『初恋食堂』

漫画や小説において外見にコンプレックスをもつ主人公は、比較的見かける設定ではないだろうか。そして、ストーリーもまったく同じではないが、定番の流れが存在するように感じる。 古矢永塔子氏の『初恋食堂』(小学館文庫)も、読み始めた時はそのような流れで進むのではないかと思った。しかし、その予想は物語の序盤に覆される。もちろん、良い意味でだ。予想外の展開に、思わず「そっちなの!?」と声も出てしまった。 本書は、第1回「日本おいしい小説大賞」受賞作『七度笑えば、恋の味』を改題、文庫化

吉田篤弘さんが紡ぐ、優しい物語の世界。そっと手渡したい5冊。

今年の3月に『鯨オーケストラ』と出合い、優しい物語と言葉の選び方に惹かれ、吉田篤弘さんの作品を好んで読むようになった。 X(旧Twitter)に投稿している読書記録も、吉田さんの作品が大半を占めている。もしかすると、鶴田の投稿に対して「またかーい!」と思った方もいるかもしれない(好きになったらトコトンな性格のもので……)。 でも、投稿するうちに「気になったから読んでるよ」や「気になるから、最初に読むならコレ!という本を教えてほしい」などといった、嬉しい言葉をもらうことも増

それぞれの過去が重なり合い、やがてひとつの物語になる。吉田篤弘 著『鯨オーケストラ』

書店でさまざまな本を眺めていると、その黒く品の良い装丁が目に留まった。そして、ページをめくり少しだけ物語の世界に触れた時、「この方が選ぶ言葉がとても好きだ」と感じたのだ。それが、筆者と吉田篤弘氏の物語との出会いであった。 そんな筆者にとって、記念すべき一冊目となった『鯨オーケストラ』(角川春樹事務所)は、声優や朗読など声の仕事を生業にする青年、曽我哲生(そが てつお)の視点で描かれている。ある日、担当する深夜のラジオ番組で、17歳の時にモデルをした絵が行方知れずになっている