奪われるモノ③
会話を重ねているうちに、大夫(たゆう)は少しずつ心を開いてきているようだった。
「俺がね、その石の持ち主に何かを言ったりすることは出来ないんだけど
レイさんには、君のお願いを伝えることは出来るよ」
と、話すアキの言葉を静かに聞いて、
『本当…?』
と、小さい声で言った。
アキは、うん、と返事をして、
「君が、安心してあそこに居られるように、レイさんが何か出来ることはあるかな?」
と言うと、大夫の中に、少しばかりの喜びの感情が芽生えたようだった。
…しかし、少し考えていた様子の大夫だったが、すぐに表情が曇る。
俯くと、
『でも…そいつもまた、どっか行くんでしょう…?』
肩を落としてそう言った。
大好きな人が自分の側からいなくなってしまった哀しみが、大夫の心に重くあるのは容易に想像できる。
しかし、ここで安易に
彼女はどこにも行かないよ!
と言うわけにはいかない。
レイさん本人でさえ、今後自分の人生が、どのようになっていくのかなど分かりはしないのだから。
「行く“かも”しれないね」
その、アキの言葉に、大夫は、むぅ、と口をへの字に結んだ。
拗ねたような大夫に対し、
「けど、今の状態のままだと、レイさんが困ってしまって、余計に居なくなっちゃうかもしれないよ」
と続いたアキの言葉に…
大夫は、は、としたように、結んだ口元が緩む。
アキの言いたいことが、伝わったみたいだ。
そして、おずおずとして
『…どうしたら、良い…?』
と尋ねた。
そこでアキは、もう一度大夫に聞く。
「君が安心して、そこでいられるようにする為に、何をして欲しいのかな?」
と。
すると、大夫は少し間を置いて、ようやく
『お話しして欲しい。…オレと』
ぽつり、と言った。
「レイさんが、君に、話しかけてくれたら嬉しい?」
とアキが聞くと、大夫は、うん、と頷く。
「レイさんは、直接君の声を聞くことは出来ないけれど、それでも話しかけてくれたら、嬉しい?」
アキが、念を押すようにもう1度聞くと、大夫は
うん、うん
と、何度も頷いてみせた。
大夫のその仕草に、アキは、少し笑ってから
「そう、分かったよ」
と言った。
大夫は少しだけ安心したようで
『…どこにも行って欲しくない』
と、本音がポロリと溢れたようだった。
すがるような気持ちだったのだろう。
その声は震えていた。
それを聞いて、アキは
「レイさんにどこにも行って欲しくないんだね」
そうか、と、少し複雑そうな顔をする。
何故なら…その約束は、命ある人の身では、叶えてあげられないからだ。
だからこそ、大夫にはここでしっかりと理解してもらわねばならない。
小さく、うん、と頷く大夫に、アキは
「ただね、人間はね」
と、口を開く。
「人間にはね、“寿命”というものがあってね…
肉体を離れる時が、いつか必ずくるんだよ」
アキの言葉に耳を傾けていた大夫だったが、
『…何それ。どういうこと?』
と、その言葉の意味を、アキに聞き返す。
「今ね、君の目の前のアキは、肉体を持っていて、ここにこうしていられるけどね。
この、肉体を離れて、宇宙へ行く時が必ずくるんだよ」
大夫は神妙な面持ちで、うん、うん、と頷きながら聞いている。
アキの言葉を最後まで聞くと、大夫は
はぁ〜…
と大きな溜め息を漏らす。
そして、
『じゃ、じゃあ…キヨが…みんないなくなるのも、それでなの…』
呆然として、そう呟く。
どうやら、“人は死ぬ”という事に関して、大夫は自分なりに理解をしたようだった。
アキは、そうだね、と相槌を打ってから、更に言葉を続ける。
「けど、人間として、肉体は無くなってしまうけれども、“魂”としてはちゃんと存在しているよ。
…ただし、宇宙に、だけどね」
と聞かせた。
大夫は黙っていたが
『…よく分からない。オレには、分からないよ…』
ようやくそう呟いたかと思うと
『何で…こんなに素晴らしいのに…何で、いなくなっちゃうの…』
まるで独り言のようにそう言った。
私の中には、大夫の感情がどんどん大きくなっていく。
とうとう、抑えることができない程に膨れ上がって…
『嫌だぁ…』
と、溢れ出してしまった。
『嫌だよぅ
オレも一緒に連れてって。
オレも連れて、行ってぇ』
うわあ
うわあ
大夫が、まるで子供のように声を上げて泣き出した。
よほど、寂しい想いを抱えてここまできたのだろう。
「独りは寂しかったねぇ」
という、アキの言葉も全くとどかない。
ううう…うううう…
と、震えて泣き続けた。
どれくらい経っただろうか。
大夫が充分泣いて、少し落ち着いてきた様子を見計らって、アキは
「大夫はさ」
と声をかけた。
大夫の意識がアキの言葉に向けられ、泣くのが止まる。
「大夫は、そこから動けないの?」
そう聞かれて、大夫はぐずぐずと鼻を啜りながら
『どういうこと?』
と聞き返した。
アキは、
いや、つまりね
と話し始める。
「そこの場所から、別の場所に移動することは出来ないのかなあ、って思って。
ほら、今はここにいるでしょ。ずっといた所じゃなくて、違う場所に」
だから、今回と同じように、大夫はあちこちに移動出来るのではないか。
アキはそう考えたようだ。
アキが話をしている間、私は近くにあったティッシュの箱を引き寄せ、自分の顔の涙を拭き、鼻水をかんだ。
泣いているその意思は、確かに大夫のものだが、実際、涙を流して鼻水を垂らしているのは私の顔なのだ。
大夫はアキの提案に、やはりピンとこない様子で、大夫はただ
『…分からないよ。何でここにいるのか…。
…ち、小さい…小さいトンネルを潜って、ここに…連れてこられた…』
そう言って、
これくらいのトンネル
と、私の両手で小さな輪っかを作ってみせただけだった。
どうやら、大夫はこれまでずっと同じ所に居続けていて、他所へ行ったことが無いのだろう。
今回は、無理矢理に十花(とうか)に連れて来られたようだ。
そこで、大夫はふと
『…でもね』
と、急に穏やかな口調になって、
『ずーっと見てるとね、「愛してる」っていうのが、分かるの…。
でも、オレは、しゅうごう、集合意識に、「愛してる」ってことが、あるの…を知らなかった…』
そう言った。
その言葉を聞いて、アキは、うん、と頷いていたが…
正直なところ、大夫が言わんとしていることが理解出来たわけではなさそうだ。
しかし後々考えるに、大夫が潜ってきたトンネルというのは
この地球上に存在するあらゆる意識の集まっているところに、あちらからこちらへ、十花(とうか)が通した(繋げた)ものの事を言っているのかもしれない。
その中に、大夫は沢山の“愛”を見たのだろう。
とりあえず、その言葉の真意は、今は置いておいて…
問題解決に向けて、話を進めなくてはならない。
「でもさ、こうしてここに来れた、ってことは、大夫は移動出来る、ってことなんじゃないのかな?」
そう、アキが尋ねるが、
やはり大夫は、分からない、と言った。
そして
『みんなそんな事言わなかったよ。
人間だけじゃないぞ、他のヤツらも、そんな事言わないよ。
オレが、ここから離れて、他所に行くなんか、誰も…』
そう、話していた大夫の言葉が不意に止まって
『ああ』
そうか、と、何かに気がついたように声を漏らした。
そして大夫はアキの方を見て、言った。
『オレ…一緒にいきたい…』
と呟いた。
「“一緒にいきたい”?どこへ?」
アキが聞くと、
『レイと、ずっと、一緒に…いきたい…』
独り言のように大夫は言っている。
「レイさんに付いていきたい、ってこと?」
アキが改めて尋ねると、
うん、うん、うん
と、大夫は勢いよく何度も頷いてみせた。
そして、そうなんだ、と相槌を打つアキを尻目に、大夫は急に勢いよく話し出す。
まるで、良い事を思いついた子供のように
『オレの、力は、ね、石を通して人間に送られているの。
そ、それ、それの石、を、変わったらいい、って事かな?』
と言う。
アキは少し考えて、
「うん、そういうことだね」
と返すと、
『その…今、取られてる石…と、繋がってるけど、それが、レイが、持ってる石…レイが持ってる違う石で、そっちに繋いでくれたら…』
構文としてはめちゃくちゃだが…
しかし、大夫の言いたい事は分かる。
『ずっと、レイと一緒に…レイが、どこへ行っても繋がっていられるよ…
それだったら、オレは良い。
それだったら…ずっと…一緒…』
泣きながら、大夫は一生懸命搾り出すようにようやくそう言った。
・つづく・
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