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沖縄からの訪問者


と、うたた寝から目覚める。
威圧されるほどの、大きな気配を感じた。
何か、来た。
私がそう思った途端に
みしり
と、部屋の東西の壁が軋み、音を立てた。
気圧が変わって、耳鳴りが始まる。

『なんとまあ、狭い所に住んでるな』

その耳鳴りが次第に治ってくると、今度は私の口が動き、声を発する。
…これは私の意思では、無い。
5年前ほど前
ある神社で祝詞を挙げた後に、急に身についた能力だ。
まるで“イタコ”のようなこの能力で
目に見えない存在…意思を持ったエネルギー体、というのだろうか、
そういう者たちと、私は話をする。
この能力のせいで、どれだけ安眠を妨害され続けてきただろう…
そう、正に今、この時のように。
眠るのが大好きな私にとっては、本当に腹立たしいことこの上ない現象だ。
眠い…
私は口が動かされるがままに、ぼんやりとそう思っていた。
そこへタイミングよく
パートナーであるアキが、この部屋に入ってくる。
私が寝転んだまま、ブツブツ言っているのに気が付いて、

「お前は何者だ?」

と声をかける。
もう、この不可解すぎる現象に慣れてしまっているアキは、すぐさま喋っているのは私ではない、と気付いた。
部屋の中をキョロキョロと見回していたソレは
(厳密に言うと私の頭だが)
ぐい
と、アキの方へ顔を向ける。

『やあ。今晩は』

ソレは、にやり、と笑って、アキに挨拶をする。
なんと丁寧な奴だ。

「お、今晩は」

アキも、それを聞いて挨拶を返す。
こうやって、きちんと人間の礼儀にしたがう存在はあまりいない。
それが出来るのは、人間との関わりが長く、きちんとこちら側の意思を尊重してくれる者だけだ。
アキもそれを分かっていて
今来ているこの存在が、そんなに悪いヤツじゃない、と判断したようだ。
そんなアキに向かって、

『ワシは沖縄の龍神だ』

ソレは、そう言った。
龍神?
私は思わず、鼻で笑ってしまう。
自分で“神”と名乗るほど胡散臭いことはない。
それはアキも同じだったようで

「自分で“龍神”とか言う」

と、少し苦笑いをしてみせた。
けれども。
気配の大きさや、きちんと会話できる力がある、という点においては
“神”までではないにしても、そこそこの存在なのかもしれない
と私は思った。
けど、まあ…
ソレが“どんな存在か”など、正直どうでもいいのだ。
なぜなら“どんな存在か”よりも
“何を言いに来たのか”の方が、よっぽど重要なのだから。
そんな
お前の言葉を信じない
と取れる、私の胸の内を読んだであろうのに
“沖縄の龍神“と名乗ったソレは、少しもそのことを気にしていない様子だ。

「で、何で沖縄の龍神さんがここに?
 俺たちには、縁もゆかりもないのに」

アキが聞く。
私たちがいるのは島根県。
沖縄なんて、これまでまるで縁のない土地だ。
親戚の有無はおろか、遊びにすら行ったことがないのだから、当然の疑問である。

『縁はできて、繋がった。だからここへ来れた』

沖縄の龍神はそう言った。
アキは、ピンとこない、といった様子で

「ふうん?」

と唸った。
だが
私には心当たりがあった。
それは、しばらく前に沖縄に移住した友人がいる、ということだ。
そしてその友人が、パワーストーン販売のお店で働くことになって
私は最近、そのお店から石を購入していた。
これはある意味、縁が繋がった、と言えなくはないだろう。
その石が届いたこの日に沖縄から来た訪問者が
そう言うのだから
“縁が繋がった”とは、そのことに違いない。
けれども、アキにその話はしていないから、よく分からなくて当然である。
…後で説明しておくか…
私は密かに思う。
アキは、まあいいや、と暗に言って

「で?何しに来たの?」

と沖縄の龍神に訊ねる。
すると

『私の力を貸してやろうと思ってな』

と言った。
その言葉に

「おっ」

とアキは私の横に座る。
ちゃんと話を聞く体制だ。

「なになに?何してくれんの?」

嬉しそうにアキが聞く。
変わり身が早いなぁ。
そう思って、笑いそうになる私をよそに、2人の話は続く。

『今、お前たちの望むものは何だ?』

逆に、沖縄の龍神の方が聞いてくる。

「お金が欲しい!」

…うん、まあ…確かに、そうね…。
アキのかぶせ気味な返答は、本当に正直なものだった。
沖縄の龍神はそれを聞いて、うむ、と一つ頷いた。

『では、お金が入るように、縁を繋いでやろう。
 その為にはまず、皆に売るものをつくるのだ。
 1つだぞ?1つに集中して、自分の自信が持てるものを作れ。
そうすればそれに向けて、お客となる人に縁をワシが繋いでやろう』

出来るか?
沖縄の龍神が、そうアキに向かって強く訊ねる。

「よし、分かった!やるやる!」

アキも、勢いよく応える。
自営でカウンセラーを生業としているアキにとって、とても良い申し出だろう。
沖縄の龍神はアキの反応に、ウンウン、と嬉しそうにした。
そして…

『その変わり』

と口を開いた。
交換条件、あるのか…。
嫌な予感がして、一体何を言われるのかと
私は反射的に身構える。
龍神は言った。

『沖縄に来て欲しい』

と。
そうきたか。
私は思った。
本当にこういう存在ときたら
簡単に、ここに来て、あそこへ行って、と平気で言う。
山の上だろうが、離れ小島であろうが…。
同じように思ったであろうアキも
う〜ん、と首を傾げる。
このコロナ禍で、県外へ行くのはとても躊躇われるし
そもそもうちには、旅行に行けるほど金銭的な余裕がない。
私も心の中で、今は難しいな、と思った。
すると龍神は、その心を読んでか、

『今すぐに、とは言わない。
 沖縄に来れるよう、全ての手配をしてやる。 
 もちろん資金も用意してやる』

と言った。
聞いて、

「それなら…行ってもいいかな」

と、アキが答えて
私も、そうだね、と頷いた。

『よかった』

龍神は少し、安堵したように言う。
そして、ふい、と遠くを見るような仕草をしたと思ったら
私の胸の中に、切ない感情が込み上げてきた。
これは…この、龍神の想い…?

『沖縄には、お前たちのような
 癒しをもたらす人間が、ここのところ幾人も来てくれている。
 だが、沖縄の地に在る哀しみは、深い。
 まだまだ足らない…。
 だからぜひ、お前たちにも来て欲しいのだ』

哀しみに似た感情が、私の中に流れてくる。
なるほど。
それはとても、分かる気がする。
しかし…

「…そうか〜。そういう理由ね」

龍神の言葉を聞いて、アキが呟いた。
そして
けど
と言葉を続ける。

「俺たちが行って、それで役に立つの?
 癒したり出来るの?」

そうだ。そこなんだ。
行くのは別に構わない。
けど…何の役にも、立たないかもしれない。
それでも龍神は、私たちの望みを叶えるというのだろうか。

『何を言っている』

だが龍神は
意外、とばかりに、少し呆れ気味に口を開く。

『出来ないことを、頼んだりしない』

龍神の言い分に

「確かに」

そりゃそうか、と、アキは笑った。

『それでは、頼んだぞ』

最後にそう言って、満足そうに沖縄の龍神は気配を消した。

「マジか」
「本当だったら、ヤバいね」

気配が消えた後、私たちはそう言って笑い合った。
本当に、そうなると面白いのだが…。
まあ、こういったことは、半分信じるくらいの気持ちで聞いておいた方が良い。
本当にそうなって、沖縄に行けるようになれば、行けばいいし。
目に見えない存在とは、それくらいの気持ちで関わるのが丁度良いのだ。

次の日。

朝、目が覚めると
知り合いからLINEで連絡が入っていた。
私が描いた油彩画を
買わせて欲しい
と言っていた人物だ。
家の応接室に飾りたい、という話をした。
だが、それはずいぶん前に言われていて
その後会っても、その話も出なかったから
あれは社交辞令だったんだな、と思っていたのだが…。
どうやら、本気で購入する気になったらしい。
金額の詳細と、週末、絵を取りに行っても良いか、という内容だった。
6桁の臨時収入だ。
今のところ、絵を描くのは私の本業ではないから、知り合いにしか売ることはない。
だからこのような、絵での収入は何年ぶりになる。
不意に、沖縄の龍神が
資金を用意する
と言ったのを思い出す。
瞬間、

『これは手始めだ』

そんな言葉が胸の中に聞こえて
さっ
と風のように、消えていった。

・おわり・

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