見出し画像

奪われるモノ①

「ねぇ、十花(とうか)を呼んでも良い?」

 横開きの扉がガラガラと開いたかと思うと、アキが私の方を見てそう言った。

「別に良いけど…どうしたの?」

 私が尋ねると、

「聞きたい事があるんだよ」

 と、言いながら部屋に入ってきて、私の向かいに胡座をかいて座った。

 “十花(とうか)”は、エネルギー体で存在しているモノ…いわゆる私たち人間の“目には見えない存在”である。
 私のこの、特殊能力である“口貸し”が発現してから後に、私たちのところに来て、私たちと一緒にいたい、と言ってきた子だ。
 私たちのところへ来たと思ったら、すぐに居なくなる他のエネルギー体とは少し違っていて、彼は長い間、私たちと交流をし続けてくれる数少ないエネルギー体の1体である。
 十花との付き合いは数年に渡っており、アキも私も、目に見えない世界のことで聞きたい事があると、彼を頼る。

「十花〜、十花やーい」

 アキが、周りの空間に向かって名前を呼ぶ。
 彼はいつも、すぐには来ない。
 どうやら私たちには分からない、エネルギー世界での仕事があって、なかなか忙しいらしい。

 しばらくして

『何?』

 私の口が動いた。
 十花が来たのだ。
 私の口をスムーズに動かす様子や、喋り方などでこれが、十花である、とアキにもすぐ分かる。

「忙しいところ、ごめんね」
『いいよ。何?』

 アキが謝ると、十花は応えた。
 まるで人間同士の会話のようである。

「あのさ、聞きたい事があって」

 と言い出した、アキの説明はこうだった。

 アキのお客さんで、最近身の周りで怪我人や、病気で入院をする人がここ短期間で続け様にあったそうだ。
 それで、少し嫌な感じがする、という話を聞いて、そのお客さんの周りで一体何が起こっているのか、十花に聞いてみたくなったらしい。

 一通りの説明を、ウンウンと頷きながら聞くと、十花は

『行ってみてこようか?』

 と言ってくれた。
 アキは

「良いの?ありがとう、助かるー」

 そう言って、お願いします、と頭を下げ

「レイさんだから」

 と、その人の名前を十花に伝える。

『うん、分かった』

 一言残して、十花の気配が消えた。
 どうやら行ってくれたようだ。

 十花が帰ってくるまで、アキはレイさんの話を始める。
 レイさんは、私も面識がある人だ。
 とても柔らかい雰囲気を持った女性で、優しくて、純粋なエネルギーを感じる。
 真面目故に、いろいろと苦労も絶えない人だから、何とかしてあげたい、という気持ちが湧いてきたのだろう。

 しかし、もしかしたら…
 エネルギー的な何かがある、とアキは感知したのかもしれない。
 アキは、自分で気がついていないようだが、割とその辺りの感覚が敏感だったりもする。

 5分ほど経っただろうか。
 気配を感じた、と思ったら

『ただいま』

 と私の口が動いた。

「お、十花、お帰り。どうだった?」

 アキの目が輝く。
 十花はそんなアキ向かって話し始める。

『あのね、ちょっと可哀想なヒカリがいるんだよ』

 と、淡々と話す。
 “ヒカリ”とは、目に見えないエネルギー体のことを指していて、
 レイさんの周りで起こったことは、そのエネルギー体の仕業だ、と言うのだ。

「そうかー」

 アキが、うーん、どうしたものか、と腕を組む。

「悪さを止めさせる事が出来ないかな?」

 そう、アキが十花に言うが、

『でもね、そいつ、すごく可哀想なんだよ』

 と、十花は「可哀想だ」と繰り返して言う。
 困った、と首を傾げて目を閉じていたアキだったが、ふ、と目を開けると

「…そいつと、何とか話しが出来ないかな?」

 と尋ねた。
 十花はそれを聞いて、少しだけ、んー、と首を傾げると

『連れてこようか?』

 と聞いた。

「お、出来る?」

 アキが少し嬉しそうに言うと、もちろん、と言わんばかりに、こっくりと私の首が頷いて

『出来るよ』

 と十花が言った。

「じゃあお願いします!」

 丁寧にアキは十花に頭を下げる。
 ちょっと待っててね、と十花が言ったかと思うと、再び気配が、すっ、と消える。
 それから

『連れてきたよ』

 と帰ってくるまで、ほんの数分ほどだった。
 お帰り、と私たちが言う間もなく、変わるね、と一言言うと、十花が引いたのが分かった。
 その数秒後、

『たゆ』

 口が動いた。
 何やら、重々しい感触がする。
 ん?とアキが聞き耳を立てた。

『たお、たゆ、たゆう』

 繰り返し同じ事を言っているようだ。
 こうして人間の口を使うのが初めてのエネルギー体の場合、音を発するのが割と難しいようで、大概発音がはっきりしない。
 アキは

「たゆう?たお?」

 と聞き返し、ソレが何を言っているのか、読み取ろうとする。
 何度も聞いていると、ようやくソレの名前は

『大夫(たゆう)』

 だという事が分かった。
 そして名前が伝わった、と分かった大夫は、

『わ…わ…わ…忘れない、から』

 と、低い声でボソリと言った。
 あまり良い感触ではない。
 重苦しいエネルギーを持っているモノだと、すぐ分かった。

「何を忘れないの?」

 アキは、その雰囲気に少しも怯む事なく大夫に尋ねる。
 しかし大夫は、

『お…お…俺…お前が、俺が…来ても、分からない、から…わ…ワシら、の真似をしたって、む…無駄だよ』

 と言う。
 何を言いたいのか、全く要領を得ない。
 なのでアキは、早々にそれを解読するのを諦めて

「大夫は、レイさんのところが良いの?」

 と、こちらから質問を投げ、話を変えた。
 アキの質問に、大夫は
 ぶん、ぶん
 と首を横に振る。
 それを見て今度は

「あの場所が良いの?」

 と聞くと、うん、と頷いた。
 アキは、そうか、と言って、

「変わるのは嫌なの?」

 と聞いた。
 また、コクリと頷く。

「何で変わるのが嫌なのかな?変わると、どうなると思ってるの?」

 と続けてアキは聞く。
 すると
 重く、頭を下げていた大夫は、急に頭を上げて、き、とアキを睨んだ。
 そして

『ま…また、仕切るのか、俺を、お前たちが…また…俺を仕切る奴が出てくるのか…!』

 そう言いながら、怒ったように私の手を使って、バン、バンと、床を叩き始めた。
 アキはそれを聞いて、うん、と小さく頷くと、

「嫌なの?」

 と聞く。
 大夫が小さく、うん、と頷く。

「君を仕切る奴が出てくるの?」

 と、再び聞くと、また大夫が、うん、も頷く。
 アキが続けて、それは、と問いかけようとすると

『ど…どれも、一緒だなぁ、一緒だなぁ!』

 アキの言葉を遮って、大夫は少し声を張り上げて言いながら、床をさらに強く叩き始めた。

「…何が一緒なの?」

 変わらずに、優しい声でアキが訊ねる。
 すると

『どうせ、俺の力を使うだけ使うんだ。あいつら…』

 そう言っている声が、震え始めた。
 …泣いている。
 私の目からは涙は出ないが、これは確かに、泣いている者が出す震え声だった。

「誰が使うのかな?
 君以外の、目には見えない他のエネルギー体が…」
『違う!』

 尋ねようしたアキの言葉を遮って、大夫が声を荒げる。

『お前たちだよぉ!』

 ぐずぐずと、鼻を啜りながら叫ぶ。

「ああ、人間が、君の力を使おうとするのか」

 そうかそうか、とアキはなだめる。
 うん、と小さく頷いた大夫だったが、私の感じている感情は変わらない。
 人間を信じていない、信じられない、そういった想いが伝わる。
 だから、改めてアキに目をやった大夫が

『今だって使ってるくせに…』

 と言った時は、きっとアキに向かって、軽蔑したような視線を送っていただろう。
 それでもアキは、大夫の様子を見ながら質問を続ける。

「それは誰が使ってるの?レイさんたちが?」『違う』

 大夫が、ぼそり、と答える。

「違う人間が、使ってるんだね」

 アキのその言葉に、また大夫は小さく、うん、と頷いた。

「使われるのがすごく嫌なの?」
『俺の力だぞぅ!俺のぉ!勝手にぃ使ってぇ…!』

 ばん!ばん!
 アキの言葉に、大夫は一際強く床を叩く。

『俺は別にぃ、いいとも、何とも、言ってないのに…勝手に使ってぇ』

 そう言って、大夫は随分と悔しそうにしている。

「大夫はさ、ずっとそこに居るの」
『…うん』
「人間が、後から来たの」
『…そうだよ…』

 そうか、とアキは一呼吸置いた。
 そして、これまでよりも更に声を柔らかくして、大夫に言った。

「大夫は…どうゆう風になってたら、嬉しいのかな?」

 ふ、と
 大夫の力が抜けた…ように感じた。
 突然、予想外の言葉を投げかけられて、頭の中が真っ白になった、そんな感覚だった。
 え…?
 と、声は出なかったが、ぽかん、と口を開けてアキを見る。

「大夫が、安心してそこに居られる為には、どうゆう風になってたらいいの?」

 アキのその質問に…
 胸が締めつけられるような悲しみが、私の中に急に湧き出したのを感じた。

・つづく・

*実話を元にしたフィクションです。
*エンターテイメントとしてお楽しみください。
*実際の個人名、団体名は使用しておりません。

リアル活動情報はこちら⬇️
スピリチュアルステーション*naruse

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?