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奪われるモノ②

「大夫(たゆう)が、安心してそこに居られるようになる為には、どうしたら良いのかな?」

 アキのその言葉を聞いて…
 ぽかん、と開けた私の口がしばらくして、ようやく
 あ、あ、あう、あう、
 と何かを言いたそうに動いた。

 私の胸の中には、寂しさと哀しみがいっぱいに溢れ出して
 目から涙が溢れてきた。

 これは、私の感情ではないし
 泣いているのも、私ではない。

 分かっているからこそ、私はあえてそのままにして、大夫に口を貸し続ける。

『と…とっても、小さい…頃には…ねぇ』

 ポツリ、と大夫が話し始めた。
 アキは何も言わずに、大夫の言葉を耳を傾けている。

『一緒に…愛してくれてたの…』

 ポロポロと涙を溢しながら、大夫はようやくそう言った。
 ああ、とアキは頷いて

「みんなが君のこと、愛してくれてたの」

 そう言うと、大夫は、うん、と小さく言った。

『でもねぇ…今は誰も、オレのことを知らない…』

 哀しげに、項垂れて大夫が呟いた。
 なるほど。
 ようやく、彼の今の状況が何となく分かってきた。

『小さい時にはねぇ…キョがねぇ…いつもねぇ、キヨがお話ししてくれてねぇ…』

 大夫は、ポツポツと話しながら、床をまた、ポン、ポン、と叩いている。

『小さい時はねぇ…すごく…良かったんだ…』 

 すずっ、と反射的に鼻水を啜りながら言葉を続けた。

『オレはあの時みたいに…キヨとここで、一緒にいたい…』

 それが、大夫の望みだった。
 しかし…
 残念ながら、その望みを、私たちがどう頑張っても叶えてあげることは出来ない。
 なぜなら
 大夫が言う「キヨ」とは人間のことであって…この世にはもう、存在しない人だからだ。
 アキも、その事には気がついているのだろう。
 けれども敢えて、こう問いかける。

「キヨは側にいないの?」

 すると大夫は、うん、と言って、

『もう、ずっと会ってない…』

 と言った。

「じゃあ、君も寂しかったね」

 アキは同情するでもなく、大夫の心を言葉にしてみせる。
 しかし、そのアキの言葉に、大夫は「そうだ」とも「違う」とも言わなかった。
 何も言わずに、ただ泣いていた。

 しばらく泣いて、落ち着いたのだろう。
 ふと、我に返ったようにして、大夫は

『…きょ…今日は何でオレを呼んだの…?』

 と聞いてきた。
 アキは、んー、と少し考えた後、

「それは、大夫が何を考えてるのか、聞きたかったからだよ」

 と答えた。

『…オレが?』
「そう、君が」
『…オレが…』

 大夫が、その言葉の意図を理解出来ないようで、口をつぐんでしまった。
 なので、アキは更に

「大夫のお手伝いが、何か出来たら良いな、と思って」

 と付け足した。
 オレの?と確認する大夫に、アキは、うん、と頷いて見せた。
 すると大夫は、はっ、としたようにアキを見たかと思うと

『じゃ、じゃあ…キヨは?キヨはどこ?』

 と縋るように言った。

「そ、それは、えーと」

 アキは一瞬、どうしようか、と思ったようで、言葉を詰まらせたが…
しかしここは、現実を大夫に伝えるしかない。

「…キヨはね、ずいぶん昔の人じゃないかな?」

 と大夫に言う。
 しかし、大夫は

『“むかし”って何…?』

 と聞き返してきた。
 エネルギー体と人間とでは、“時間”の概念がかなり違う。
 そこで会話が噛み合わないのは、ままあることだ。
 そもそも、大夫は“昔”という言葉すら、知らないようだった。
 だから

「“昔”って言うのは、“ずっと前”って事だよ。
 君は人間よりも長生きでしょ?」

 とアキが説明するが、今度は

『“ながいき”って何?』

 と、更に返してくる。

 なるほど。
 そこの概念から、彼は知らないのだ。
 人間には寿命というものがあり、どんな人も必ずいつかは“死”が訪れる、という事実を…。

 アキは
 そうだよねぇ
 と苦笑いして、えーと、と少し悩んでから

「…レイさんは、分かる?」

 と聞いた。
 すると大夫は、うん、と頷いてから

『…キヨに似てる人…』

 と言った。
 どうやらレイさんは、大夫が会いたいと願っている「キヨ」さんに似ているらしい。

「じゃあ、レイさんの言葉は君に届いてるの?」

 と聞くと、うん、と頷いてから

『…聞いてる』

 とボソリと呟いて、再び項垂れた。
 そうか、と言った後、アキはようやく話の本題…大夫に聞きたかったことを口にした。

「でも、レイさんの邪魔をしてるの?」

 それを聞いて…
 ピクリ、と身体が固まったかと思うと、
 ふい
 とアキから顔を逸らすように、私の顔が横を向いた。
 大夫のこの仕草は…何か後ろめたいことがある時の動作だ。
 大夫はそのまま、押し黙ってしまった。

「ちょっと、イタズラしてるのかな?」

 とアキが聞いても、横を向いたまま何も言わない。
 これは、もう…
 レイさんの所で起きているいくつかの出来事を、「自分がやった」と大夫が自ら言っているのと同じだ。

「…この前、お父さんが転んだのは、君がやったの?」

 こんな時、アキは決して責めたりはしない。
 後ろめたい、と思ってるという事は、自分が悪いことをした、という自覚がちゃんとある、ということだ。
 それを責めても、相手は余計に感情的になって逆ギレするだけで、話し合いにならなくなってしまう。

 アキはそれを知っているから、これまでと変わらない優しい声で大夫に聞く。
 大夫は
 こっくり
 と頷いた。
 それを見て、アキは

「イタズラしたかったの?」

 と聞いたが、これには頭を横に振り、

『…馬鹿だから』

 と、また、人を蔑むように

『アレは、馬鹿だから。知ってるんだ、オレ。
 オレは知ってるんだ。人間には、いろんな奴がいるって。
 キヨは良いやつだったけど、人間には馬鹿な奴もいるんだ、って。
 オレは知ってるんだ』

 そう言って、大夫はまた、床をバンバン、バンバンと腹立たしそうに叩き始める。

 …どうやら、レイさんのお父さんは、何かしらの理由があって、大夫のお気に召さなかったようだ。

「邪魔に思ったの?」

 というアキの問いに

『アレは、良くない奴だ』

 と、鼻を、ふん、と鳴らした。

 レイさんが今のアパートで生活し始めたのが数年前。
 ここ最近に、そのアパートに訪ねた人が、大夫の“気に入らない”という理由で、今回のように骨を折る怪我をさせられたり、入院しなければならないほどの病気にさせられたりしていた、という事のようだった。
 これまで何もなかったのは、大夫がレイさんの存在に気がついたのが、最近だったのだろう。

 今のところ、レイさんのお父さんの怪我の原因は、大夫だということがほぼ確定した。
 …これ以上は、何とか止めさせなければならない。

「大夫はさ、どんなエネルギーを持ってるの?
 何をするのが得意なの?」

 もっと、大夫自身の情報が欲しい。
 そう思ったであろうアキは、更に質問を重ねる。
 しかし大夫は

『…何それ』

 と言って、アキが何を聞きたいのかが分からないようだった。

「だってさ」

 アキは諦めずに話かける。

「人間が、君の力を使うってことは、君に素敵な力があるからじゃないのかな?」

 これまでの大夫の話から、彼が多少なりとも何らかの形で人間と関わってきたというのが汲み取れる。
 アキは、大夫がこの土地に対して、何らかのエネルギー的な作用を及ぼしているのだと思ったようだ。
 それがどういう作用なのか、を聞き出そうと

「君のどんな力を、人間たちは使ってるの?」

 と聞いてみるが、大夫は

『知らない。人間が、勝手に使ってるから。
 知らないよ…』

 と、力無く答えるだけだった。
 ただ、自分のエネルギーを取られている実感は、ハッキリとあるようだった。

 困った。
 アキは、これ以上何を聞いたらいいのか分からず、考えあぐねている。
 しばらく沈黙が続く。
 すると、不意に

『…オレが分かることは…分かることは、ね』

 と、大夫は口を開いた。

『石を…石を使ってることだけ…』

 少し、大夫の心が開いたのかもしれない。
 自ら自分の知っていることを、大夫は話し始めた。

「石を、君が使ってるの?」

 と、アキが聞くと、大夫は首を横に振ってから

『違う。人間が。
 人間が、石を使ってるっていうことだけしか…分からない…』

 と言った。
 アキは、そうなんだ、と言って、

「その石で君のエネルギーを奪ってるんだ」

 と聞くと、大夫は、うん、と頷く。

「その石はどこにあるの?レイさんところ?」

 今度は首を横に振る。

 レイさんの手元にその石があるのなら、何とかなるかもしれない、とアキは思ったのだろう。
 無いとなると、解決するために別な方法を探さなくてはならない。

 1人の人間が、出来る事は限られている。
 しかしその中でも、自分たちに出来る事は何か、アキは見出そうとしていた。

・つづく・

*実話を元にしたフィクションです。
*エンターテイメントとしてお楽しみください。
*実際の個人名、団体名は使用しておりません。

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