鉱石の翼を持つ子
矩形の湖のほとりに
枯れない薔薇が咲いていると云う。
砂嵐のようなめぐりあいのあとに
のこされた飛べぬ翼がひらいたものだと。
千に剥がれた虹の
ひとひらだと。
むかしむかしのおはなしでございます。
矩形の湖のほとりに
小さなあずまやが建っておりました。
六角形に並んだ柱の
そのまんなか
鉱石の翼を持つ子がおりました。
透けた羽根はアイスブルーの色。
ながいすに横たわり、組んだ指先に頬をのせて、まどろんで過ごす日々。
その桜色の頬に長い睫毛が影を落として
ふっくらとした唇はほほえんでいるようでありました。
冷たい翼はひろげられたことはなく
湖の光がたえず羽根を撫でて
さながら虹に包まれたような子でございました。
ある夜
月さえも凍るような
夜更けのことでございます。
翼はひそやかに夜を映して
硝子の六角板を淡く照らしておりました。
ふっと立ち上がり、湖のなかに手を差し入れたのでございます。
みなもの月を掬い上げ、零れていく水を眺め、
やがて
湖面へと踏みだしたのでございます。
星々がきらめく水上は
波ひとつたてず
なめらかな素足は
そっと
はざまに浮いておりました。
こちらをふりかえる、その刹那
冴え冴えとした翼がただ一度、しなやかにはためいたのを
たしかに目にしました。
かそけく
澄んだ音をたてて
羽根が剥がれ落ちていきました。
千の雪のようでございました。
わたくしたちは嵐にへだたれて
けれど湖は鏡のようでした。
のこったものは
アイスブルーの蕾
ひとつぶだけでございました。
むかしむかしのおはなしでございます。
2021/2/4 「鉱石の翼を持つ子」企画参加作品
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