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それでも僕は文章を書き続ける

10代の半ば、誰も自分という存在を認識しない葛藤の中で、自我を保つ手段というのは「本」と「日記」だった。

サッカー部の主将を担い、(自分で言うのもあれだけれど)めちゃくちゃ勉強もできた、優等生的な存在。
それでも僕の中は、どこか空っぽで、学校では誰とも話さず、サッカー部では黙々とひたすら自分のプレーを追求し続けていたような気がする。

今思うと、チームメイトたちには悪かったなと、はたと思う。


高2の夏、気づけば僕の体は壊れてしまっていて、学校にも通えず、部活もできず、あれほどまで大学生活に焦がれたのに受験をすることもできず。

実家の自室と、病院とを行き来する生活と、周りの家族はお金の問題で炎上し続けていた。

今でも、不思議だなあと思う。

壊れずにいられたのは、言葉で助けてくれた本たちがあったから。

もともと読書好きだった僕は、16歳から4年間、毎日毎日、くる日も来る日も本を読み耽ったし、あらゆる映画や物語に触れて、気づけば自我というものは別の世界に旅をしていた。

ギターやピアノを弾いていた僕は、いろんな時代、いろんなジャンルの音楽に触れ、それらを自分のてて再現してみる。
音の再現ができるようになると、今度はその中の「ことば」が内側に入ってくる。

その感覚が心地良くて、自室に篭って何時間でもギターを触っていた。


ちょうど10年ほど前、僕が10代後半の時に出会った一人の作家がいる。

僕のブログによく登場するその一人の作家は、まだほんの数冊しか本を書いていなかった時代。今その人は160冊以上の著書を出している。ビジネス作家の中ではかなり著名な方だと思う。

そんな彼も10年ほど前は、まだまだ駆け出しの作家だった。
世の中に、自分の思いや存在を、魂を込めた言葉で訴求し続ける様をみて、僕は自分自身の存在を投影して、心が昂った。

これだ、と。


ちょうどその頃、僕はブログというものを書き始めた。

日記から始まりアメブロ、ライブドアブログ、FC2ブログ、そして大学時代ははてなブログへと形を変えていった。

いくつものブログたちは今、そのほとんどは残っていない。

10年前から僕のブログを読んでくれている人もいる。いまだに直接会ったことがない人たちもいる。10年という月日が流れて僕は大人になったが、その人たちも等しく10年の歳月が人生に加えられているのだと思うと、時間というのは不思議なものだ。


その時代、自己という存在が社会の中に存在するという実感を得るには、自分が書いた文章が誰かの目に留まり、言葉をくれたり、励ましてくれたり、メッセージをくれたり、読んでくれた人たちが自分の人生を歩む模様を見れたり。
ネットを通して触れるそれらが、僕自身がこの世に存在することを確かめる術だった。

今では1年に何冊も著書を出しているその憧れの作家の本を全て手に取り、次の書籍が発売される何ヶ月という時間が待てず、しょうがないからその周辺の作家が書いている本を読み漁り、次から次へと自室の本棚が溢れかえっていった。

何千冊もの本を読んだと思う。たった数年の話だ。


どん底から這い上がろうと決めた瞬間があるか?

人はみな、それぞれの人生のドラマがあると思う。

激動のドラマを抱えている人もいれば、まったりとしたドラマの場合もあるけれど、それぞれが何百ページにもわたる長編ドラマだ。

その中で、限られた人たちのとある人生の1ページに「どん底から這い上がろうと決めた」瞬間が綴られている物語がある。

その瞬間の凹みが大きければ大きいほど、その後の人生のステージは変わってくる。

もし、仮にあなたの人生の今がどん底でも、その凹みをエネルギーに変えられると思い続ければ、必ず次の扉が開く。

いつだって、支えてくれたのはその言葉だった。

「いつか、あなたの書いた本を持って会いに行く」
と言ってくれた人がいる。

君のことばに救われた。


#君のことばに救われた

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