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【時代劇探訪】『剣客商売』「鬼熊酒屋」(藤田まこと版)

 今まで様々noteの記事を投稿してきましたが、上坂すみれの記事やゲームの記事より「柳生一族の陰謀」の紹介記事の方がなぜかよく閲覧されています…
 

 時代劇は案外廃れていないのか、それともニッチな人しか見ていないのか、真相は分かりませんが、時代劇は私の大学生活の大半をつぎ込んだ分野なので、時代劇をより楽しんでもらえればそれ以上の幸いは無いというものです。

今回は新シリーズ「時代劇探訪」パイロット版として『剣客商売』(藤田まこと版)から「鬼熊酒屋」というお話を紹介してみたいと思います。

1.『剣客商売』という作品

 『剣客商売』は池波正太郎原作の時代小説が原作になっており、老剣客・秋山小兵衛の周りで起こる事件が展開されるというタイプの時代劇です。隠居したものの、「剣客」として生きる道や年老いてなお人生というものを考える生き様を楽しむことが出来る作品です。
 主要な登場人物として息子の秋山大治郎や女剣士・佐々木美冬、後妻のおはる、御用聞き(岡っ引き)の弥七、そして老中・田沼意次などが登場しています。
 この作品は所謂ドストレート「勧善懲悪」型の作品ではなく、市井に生きる一般の人が抱える苦労や悩みを楽隠居の身である小兵衛がなんとか解決しようとしていくその様子や小兵衛の豪放磊落ぶり、あとはおいしそうな料理(このお話に出てくる鴨飯も美味しそう…)が面白い所であると思います。

2.あらすじ

 秋山小兵衛が時折訪れる「鬼熊酒屋」は小さいおんぼろの店だが、安くて旨い酒と肴を出す店として知られていた。しかし、それよりも名物なのが店主の熊五郎。店内で騒いだり、狼藉を働く客は容赦なくたたき出すという気性から通称「鬼熊」と呼ばれていた。小兵衛はこの店主を殊の外気に入り、「霜枯れの閻魔様」と渾名していた。ある日、小兵衛は鬼熊が与吉と呼ばれる男に金を無心され、それを追い返しているところを目にした。その気迫たるや凄まじく、「人の二、三人は殺しているのではないか」とまでに見えた。
 しかし、鬼熊にはその気迫の凄まじさの裏側にある秘密を隠し持っていたのだった。


【ここからネタバレあり】


3.人生における「贖罪」

 人間は誰しも人には言えない悩みや苦しみ、はたまた過去に犯した間違いなども多く経験するものではないでしょうか。鬼熊もその例に漏れず、手にかけてしまった男の子供を親代わりに育て、自らの店と貯めた金を娘夫婦に譲るという贖罪の意識から必死になって店を切り盛りしてきたのではないかと思います。
 両親を幼いころに亡くし、誰に頼ることもなく生きてきた鬼熊は人のやさしさに縋るということを知らず、何処か自分の後ろめたい過去を永遠に引きずって生きて、そして死ぬんだと弱みを見せない生き方を貫いていました。
 自分が死ぬ前に娘に罪を告白しようと常に考えてきたと病の床で小兵衛に伝えた時の鬼熊の心情はどのようであったかと思うと非常につらいものがあります。
 育てられた娘は既に鬼熊のことを実の父のように慕い、拾ってくれたことを感謝しています。確かに道徳的に考えればそれを正直に話すという事も大切な事ではあります。しかし、最期の最期にお互いが不幸になる決断を人間は果たして下せるでしょうか? 

 みなさんも中学か高校の頃、夏目漱石の「こころ」の抜粋を読んだことがあるのではないでしょうか。「先生」の遺書に書かれた「K」という人物との間にあったある事件のお話、「もっと早く死ぬべきだのに何故今まで生きてきたのだろう」という一説はあまりに有名です。
 あんまり深読みしすぎても仕方のないこととは思いますが、一般的に「こころ」においては、罪悪感や道徳的な価値観と自らのエゴイズムが生んだ結果という二つのテーゼに悩んだ「先生」という人物がよく語られます。
 「自らが育ててきた娘に自分が親の仇であることを告白することは耐えられない」というエゴイズムと、「親の仇は取らねばならない」「娘には自分とは別に本当の父親がいるということを伝えねばならない」といった道徳的な価値観のぶつかり合いを長年背負ってきた鬼熊は、前述のように誰にも頼らず、孤独な精神状況をずっと保ってきました。孤独という状態の末に自殺を選んだ「先生」に対して、秋山小兵衛という人物と偶然に巡り合い、その交流の中で自らの過ちを小兵衛だけに打ち明け、疑似的な告解を遂げることが出来ました。
 これが果たして一般的な道徳的価値観と一致するかどうかは定かならないところですが、鬼熊という人間が魂の浄化を果たすことが出来た。そのことは少なからず救いがあったのではないかと感じる所です。

4.おわりに

 この「鬼熊酒屋」は秋山小兵衛という人物が年を重ね、円熟した人物であるからこそ映えるエピソードであると思います。自らの剣をより高めたいという若年・壮年の目標ではなく、自身の最期というものをどのようにしていきたいのかという目標は老年期になって最も重要なテーマの一つであります。
 自らが起こした間違いというものは世間の追及よりも、自身への強迫観念や罪悪感に死ぬまで苛まれることもあります。「あなたは充分に償いをした」そう言ってくれる誰かが、社会が、雰囲気が、少しでもこの世の中に残っていてほしい。そう思ってやみません。

『剣客商売』第3シリーズ「鬼熊酒屋」 FODプレミアムで視聴可能です。
https://fod.fujitv.co.jp/s/genre/drama/ser4s10/4s10110002/

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