Nさん

僕がかつて、就労移行支援事業所A型の支援スタッフとして働かせてもらっていた頃、Nさんという利用者の方がいた。
Nさんは留学経験もあり、学歴も職歴も立派な人だった。
なにか職場で酷い目にあって、体調を崩してしまったそうだ。
そして紆余曲折を経て、作業所を利用していた。

Nさんは頭も良く仕事のできる人だった。
軽作業の下手くそな僕をフォローをさり気なくしてくれる優しい人だった。
事業所の請負作業の他に、会社の事務的なPC作業も手伝っていた。

けれども、職場の先輩に聞くところによると、入所した当初のNさんは荒れていたそうだ。
農作業用の道具を癇癪にまかせて投げたり、人とほとんど会話をせず、壁を作っていたそうだ。
僕はその気持ちが本当によくわかる。
なんで俺がこんな目に。こんなところにいたくない。周りは全員馬鹿ばかりだ……etc 勿論、想像でしかないが。

今のNさんを見ているととてもそんな姿は想像できなかった。
何なら支援スタッフやっている僕より仕事ができたし、周りから信頼されていた。

Nさんの心境にどんな変化があったのかはわからない。
ただ、間違いなくNさんは過去や未来を考える人でなく、今を生きる人になっていた。
正直、Nさんには軽作業は退屈だったろうし、工賃もNさんに見合うものではなかった。
けれど、僕が知る限り、Nさんは作業で手を抜かなかった。
誰よりも量をこなし、終わらない人の分も手を差し伸べていた。
効率的にやったって工賃が上がるわけではない。最低賃金だ。
それでも、Nさんは真摯であり、輝いていた。

Nさんのことを思い出すたびに、僕は自分が恥ずかしくなる。
僕はいつも自分の能力を過大評価して自惚れている。
支援スタッフをしていた頃だって、どこか「軽作業なんて」と馬鹿にしていたんじゃないか。
Nさんに助けてもらいながら。
いつだって「あの時ああしておけば」「いつかは自分だって」と妄想している。
僕が妄想している間に、Nさんは周りを助けていた。

僕がスタッフを辞める頃、Nさんをその事業所の正社員として雇おうという話が持ち上がっていた。
実際Nさんが社員になったかはわからない。


Nさん、ほぼ間違いなく貴方はこんな文章を読んでいないと思いますが、僕は貴方の姿勢から多くのことを学ばせてもらいました。
僕は今でも過去と未来を妄想してばかりです。
けれど、あれから随分痛い目をみて、少しだけ「一所懸命やる」ということに気付いた気でいます。
Nさんはきっと頑張っていると思いますが、どうか精神に無理をさせすぎず、輝いていてください。
ありがとうございました。


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