見出し画像

そんなに怖いとこじゃない

19歳の時、東京に行こうと決めた。

高校を卒業してから地元の洋服屋さんで約一年働いて、お金は十分に貯めていた。
これだけあれば、東京で部屋を借りて敷金礼金を払える。
まずは住む部屋を探して、それから仕事を探そう。
私は、下準備のために一度、東京に行くことにした。

ひとりで右も左も分からない東京へ行くことを、母はとても心配した。
出発の朝、部屋で準備をしていると母が入ってきて、この袋にお金を入れていくように、と言う。
それは小さなお守り袋のような形で、赤と緑のツルツルのサテン地の本体、ふちに金色のパイピングがしてあって、先っぽにフリンジのついた長い紐がついている。
母が作ったのだ。
母はその派手な袋を私のおなかに巻き付けて、もしも、スリや強盗やカツアゲにあった時の為にお金をおなかに隠しておくように、と言った。

袋が派手過ぎることも気になったけど、
それよりも、私は身構えた。

・・・東京ってそんなに怖いとこなの?


 東京には、2つ年上の高校の時の先輩が上京していて、私が部屋を探す間お世話になる事になっていた。
武蔵小山に住んでいたその先輩、えりりんは、品川駅の中央改札口で待ち合わせしようと言った。

品川駅に少し早めについた私は、えりりんの姿を探す。
まだ来てないみたい。
えりりんが私を見つけやすいように、改札のよく見えるとこに立って待つ。
待つ間も、スリや強盗やカツアゲの人が私に近づいてこないかを、注意深く見回す。

えりりんは1時間待っても現れなかった。
携帯に電話しても電波が届かない・・というアナウンス。
どうしたんだろう、何かあったのかな。
自分のいる場所を何度も確認する。
大丈夫、間違ってない。
私は、『品川駅の中央改札口』にいる。
2時間近く待って心配が最高潮に達した頃、待ち人がひょうひょうと現れた。

『ゆー、待った?』

『え、待ったよ。待った。2時間待った。』

えりりんは、ただ寝坊しただけだったのだ。
そして私を、渋谷のスクランブル交差点を見渡せるカフェに連れて行ってくれた。
テレビで見たことのある風景に、私は一気にテンションが上がった。
それから、ラフォーレ原宿やデプト、下北沢の古着屋にも連れて行ってくれた。

東京を満喫し、武蔵小山のマンションに着いて着替えようとした時、私のおなかに巻き付けられた派手な小袋をみつけたえりりんは爆笑した。
ゆー・・、ゆー・・、と言いながら涙が出るほど笑っている。

違うの、おかあさんが、って説明しようとして、私も噴き出してしまった。
だって東京は、そんなに怖いとこじゃない。


それからというもの、
私は高校の時の先輩たちから『おなかに現ナマ』というあだ名で呼ばれることになった。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?