#1 私が政治家を目指す理由。

私の自己紹介には必ず「将来の夢は政治家です」という文言が入っている。すると、何人かの方が、なぜ政治家になりたいのかという質問をしてくださる。まぁ当然の疑問だと思うのだが、私はこの質問に上手く答えることが出来ない。なぜなら、いろいろな経験が私の夢に関わっているからだ。今日は、少し長くなるのだが、きっかけから今に至るまでを記したい。

1 政治との出会い
私と政治との出会いは今から5年前ほど、私が中学1年生の時に行われた第47回衆議院議員選挙の結果が掲載されていた新聞だった。安倍晋三首相の写真が大きく出ていたのに目を引かれ、少し読んでみると自民党が291議席も獲得した自民党圧勝の選挙だった。まだ、政治について何も知らなかった私は、日本って安倍さんの独裁なの?あれ日本って二大政党制って教科書でやった気が…。これが私の政治への入り口だ。

2 初めて政治家という夢を公言した立志式
中学校2年生3学期の立志式で、初めて正式な場で政治家ということを将来の夢として公言した。公言すればむこうから夢は近づいてくるというびりギャルを教えた坪田先生の言葉を信じて取り敢えず公言してみた感じだった。

3 初公言した後に出会った2人の政治家が決意を固めた
1人目はホセムヒカ元ウルグアイ大統領だ。ホセムヒカさんが世界一貧しい大統領として話題になって本を読んだり、調べたりした。そして私は2016年にホセムヒカの過去の国連スピーチの中で「幸福とはなにか」「消費社会を見直そう」という2つの訴えが私の胸に刺さった。日本の政治家は嫌われ者が多いし、それが当たり前だと思っていた。しかし彼は違った。ウルグアイ国民に愛され、慕われていた。国民と同じような収入で、同じような暮らしをしていた。私は彼から国民と同じ土俵で同じ生活感覚で政治を行うことの大切さを学んだ。そしてそれが出来ていない日本が悔しかったし辛かった。彼と出会って一層政治家を職業として自分のやるべきこととして捉えるようになった。
2人目は、小池百合子東京都知事だ。ホセムヒカさんを見習いたいとは思っても日本は、政党への帰属意識が強いし、日本では大きな改革を行うのは難しいだろうなと思っていた。そんなことを考えていた2016年夏に東京都知事選挙が行われた。自民党で大臣も歴任した小池百合子さんが自民党から推薦を得られず、自民党公認候補と戦う中で仲間を増やし、勝利をおさめた。日本でも政治は動くと実感した出来事だった。この出来事を通して少しでも、小さくても政治を自分のエネルギーで良い方向に動かしていきたい。いや動かさなければならないと強く思った。

4 中学時代に感じたなぜ政治家でなくては駄目なのか
①政治家という職業の見方を変えたいという思い
ホセムヒカさんと出会った中学時代。世襲政治、派閥政治の日本だけど庶民感覚を持った政治家が絶対に必要だ。私は会社の社長の息子でも、政治家の息子でもない。庶民だからこそ見えることが多くあるし、それが一番尊重されなければならないと思った。
②社会是正意識
新聞を毎日読みニュースを見るうちに、「これおかしいんじゃない?」「間違ってるよな」というようなことが何度もあった。気づいたら無視できない、なんとかしたいという思いから政治家になれば少しでも変えられるかもという期待を持った。

5 高校時代に感じたなぜ政治家でなくては駄目なのか
①答えがないことが好き
絶対的な答えがない問題の方が燃えるし、楽しいと感じている自分がいた。答えがないと、自分の人生経験とか知識とか思考をフル活用して自分なりのアイデアを持てる。憲法にしろ、税率にしろ、社会保証制度にしろ政治の問題の多くは絶対の答えはない。だからこそ、政治を考えたい。
②儲けている自分って何か自分らしくない
金儲けが好きでない(金儲けを否定してはいない)。私は高校受験の時も、大学受験の時も友人に勉強を教えていた。しかし、将来お金を頂いて勉強を教えたいとは一ミリも思わなかった。なぜ友人に勉強を教えているのかは、人のために動き、役に立ちたいという一心からだ。だから私は、皆さんからほぼ強制的に頂いている税金をより上手に使うために考えることを職業としたいと思った。
③私の幸福論
高校の卒業式答辞でも述べたが、私の信念は「人のために動くこと」だ。人のために動き、みんなの笑顔が増える、人生がいろいろな方向で豊かになることに繋がることが私にとって最高のしあわせだということに気づいた。

長い文を読んでくださり、ありがとうございました。不定期ですが、更新していきたいと思っているのでよろしくお願いします。




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