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記事一覧

[詩] この眼の眺め

あなたのいないところで
雨で萎んだ犬が通るのをみている
わたしにはあなたを忘れるときが多い
窓硝子を思い出すことがある
風吹いて看板の下で 揺れていたのを機に旗を数えたのに
旗がまだ揺れてみえている

『現代詩手帖』(2019年3月号)投稿欄選外佳作「数えのなかで」より改題
初出:個人詩誌「翌翌」(四号)、 発行:2021年7月20日

[詩] 中一日

今がいくつになって、
叱られた手のひらは
恋慕の余りをくぐり抜け
相性の その全てと少しの間
休めたら
一日中
子供だった 子供の
中一日は
おとこの太腿の、そのうえではひとづてに
いちから寝過ごして
稚気の水溜まり いくじなし
恋人は泣いている

[詩] 題未定

思えばおしなべて
あのひとを
模したわたしの物腰に 花も買われてわたしに花は
いつしかそれは
あまりに明るすぎ 跡形もなく
幸福に見合う

[詩] 栞いり

一度ならず日に結わえつけられてあるものは
ひとえに思いつく
一子の姿がくすねられては夜と共にさわるとしたたかな
鏡の向きを
直したあと片膝の
傍らには読みさしの
ひとみしりの似顔絵の栞がわたしがなおも
くらすところの部屋がここにはあった

[詩] 集い

靴のさきにあたり転がりだした
梅の実といっしょに下っていく坂道の
十字路も過ぎて
星々よりも小さく
なるまでと高く放り上げる
そこ、そこ といって見失う
落書きのよわさ眼に映る
梅の実また落ちてくる
拾うこの手 梅の実つぶれている
兄のわたし 兄のような実
潰れて アスファルトに黒く染みだしている
わたしの声で明日はなく
今にもこの場所に集うようにと
遅れてやってくる者が呼びかけている

*個人詩

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[詩] 道順

立札を見つけ その樹木の名前を初めて知った
薄いみどり色の花をつけていた
御衣黄という、これも桜の一種だと そう書き記されていた
二人、一緒に知った
けれどもどこか
この樹木を介した廻り道
わたしのいくところ あなたのいくところ
何もわからない
ふさがれた 両腕はしかし幹を包みこみ
その日限りの道順を抱く

[詩] 水面のうた

海辺を歩き
見かけた 水面にうつる子のほうにわたしがしらふ
かれの姿は何ひとつ
わたしのどこにも似ていない
子は着替え さいごに脱いだ靴下の
その色になる

[詩]泪目の会

祖父が食べ残したさくらんぼを一粒握りしめ
背中の後ろへと
どちらか左右の手の中に隠し持つ
そのときの わたしも祖父も
居場所が問われない
無防備な
夜中の洗面台 その一角を
彩る不感症の義歯 そのわたし── わたしが自ら泣くことを
わたしが祖父から教わった

[詩] 見晴らし

あらゆる石の模様にも
またその感触にも臆さない
あなたが拾い集めた石ころはあなたの手の中で
ひとしなみに日の浅い
あなたのあなたを見送った