第二話 美女とババアと犬と俺
マンションのエントランスでは、いい歳をしたオッサンが、
「あれ~?おっかしいなあ~」
と、わざとらしく振る舞っている。
女「・・大丈夫ですか?」
俺が「あれあれ」言っていると、後ろから女性に声を掛けられた。
(ふむ・・なかなかの美女だ。)
余談だが、ウチのマンションはなぜか美人が多く、みんなチンピラみたいな男を連れている。・・余談なのでこのくらいにしておこう。
「だっ・・大丈夫です。」
美女がキーを差し込むと、エントランスのドアがウィーンと開く。
女「一緒に入らなくてもいいですか?」
どうやら、この美女は俺が鍵を持っていない事を、薄々感づいているらしい。なかなか洞察力のするどい女だ。
「だっ、大丈夫です。」
俺は苦笑いを浮かべながら、優しい美女を見送った。
(さて・・どうしよう。)
一度車に戻り、必死で鍵を探す。シートの下、トランクの中、ダッシュボードを開けて中身をぶちまけたりもした。
しかし、鍵などどこにも無かった。一旦全ての荷物を車の中にしまい込んだ。
(まさか・・。まさか家に入れないなんて・・。)
予定では、部屋で寝転がって、ビールを楽しんでいるはずだった。
こういう時はどうするべきだろうか?
① ベランダから部屋に無理矢理侵入する。
(うん・・落ちたら死ぬヤツだ。)
② 彼女に泊めてもらう。
(一番いい案かもしれないが、根本的な解決にならない。しかも彼女の事を一カ月近くも放置している。久しぶりに会う時は、旨いメシでも食わせて、お膳立てをしておかねば。・・却下だ。)
③ 鍵の110番に連絡する。
(現実的だが・・勝手に呼んだら管理会社に怒られそうだ。)
④管理会社に電話する。
(・・・・それだ!)
スマホを取り出し、俺はマンションの管理会社に電話することにした。
プルルル!プルルル!
「本日の営業は終了いたしました・・ご用件の・・ピーっという発信音の後に・・」
俺は、近所にある「東領公園」のささくれたベンチに腰掛けている。
夜空を見ながら、ビールを一杯やっていた。
(ああ・・夜風が気持ちいいなあ・・。誰か殺してくれんかなぁ・・。)
公園をグルグルとジョギングしている女が、警戒心を含んだ表情をコチラへ向けてくる。この表情を見るのも、何回目だろう。
(はいはい、帰りますよ。でもね。おじさん帰るとこないんだわ。)
悲しくなって、おかめ納豆のパックを開ける。
パキッという音とともに、納豆の風味が鼻をくすぐった。
すると、どこからともなく犬っコロが走り寄ってきた。
犬っコロは俺の足元で物欲しそうな顔して、尻尾を振っている。今にも飛びつきそうな勢いだ。
(コイツ・・もしかして納豆に興味があんのか?)
犬の次には、ババアが走り寄ってくる。
ババア「こら!ジョン(仮名)!・・ごめんなさいねぇ~。ウチの子、納豆が大好物なの。」
そう言うとババアは、犬っコロを抱き上げた。
まさか、鍵を無くした後に、犬の好物まで聞かされるとは・・。人生とは何があるかわからない。
きっとこういう所から「哲学」が生まれるのだろう。
「へぇ~・・そ、そうなんすか?一ついります?」
ババア「・・え?」
「納豆。あと2パックあるんで。」
ババア「い、いや大丈夫。宴会楽しんでくださいね。」
そう言うとババアは、急ぎ足で去っていった。
犬をちゃんとリーダーに繋いでおかないから、こういう事になるのだ。
とにかく、納豆をあげたら、ババアと犬が仲間になって・・。そんな「現代版桃太郎」は起こらなかったのだ。
ーーー続くーーー
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