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能登震災で「移転・集住論」を唱え、その後に後ろめたさを感じる方々へのご提案

能登震災直後に、つい脊髄反射で、いわゆる「移転・集住論」を唱えた方々が、その後、能登がみるみる衰退していく展開に、「もしやあの時の自分の発信が影響したのでは」と、何か後ろめたさを感じておられる気配を私は感じています。

「もう被災地となった能登には住めない。今後のインフラは維持できない。だから故郷から移転して、集住を」という、正月の震災直後に湧き起こった大合唱は、政府首脳そして財務省の復興支援抑制の意欲を甚大に勇気づけたのは明らかです。

実際に、復興予算は歴代の災害に比べて小規模で、能登では本当に先進国の日本なのかと目を疑うような悲惨な状況が震災直後から多々温存されています。

そして、移転・集住の大合唱は大きな成果を上げ続けており、能登からの人口流出は続きます。

ですが、地方創生の専門家で移転・集住の大合唱に加わってしまっては、地方潰しをし、地方創生の看板を下ろさないと筋が通らなくなります。

もし後めたさや、さらには「今後の地方との関わりをどうしたら」という専門家としてのアイデンティティ・クライシスをお感じの方は、ぜひ能登に災害ボランティアに入られますことを、心から、ご提案します。

物見遊山やアリバイ作りでなく、1ヶ月はしっかり入って、少しでも能登の方々の痛みを感じられたり、能登の方々と呼吸を合わせられるくらいになっていただけたらというのは望みが高すぎるかもしれませんが、せめて1週間は仕事の調整をつけて、ガッツリと現地に飛び込んでいただけますよう、切に願っております。

そして能登の方々の代弁をしたり、さらには、その後長年の交流を続けていく情深さこそ、地方との関わりの基盤と思います。

故郷が住み続けられるように言動できる姿勢こそが、地方創生と信じます。

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