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山葵

「わざわざ痛みを感じる必要ないよね」
 姉は辛いものが苦手でこの理屈を述べては、いつもお寿司はサビ抜きにしている。辛味は味覚ではなく痛覚にあたるらしい。そりゃそうだと納得してしまうが、「大人の味」の仲間に入る山葵の辛みは特別だと思う。
 緑豊かな日本で育ち、この国の1つの代表となっているゴツゴツの見た目をした薬味。外国でも“WASABI”として同じ読み方で発音され、ディズニー映画に出てくる人物の名前にもなっている。世界で通用する名前である「山葵」はとても素敵なネーミングだと思う。谷川の湧水の中で育ち、深緑を連想させるさわやかさはゴツゴツとした力強さもある見た目。食べたら爽やかさと鼻にくる刺激は、他の食べ物にはない感覚。思わず目から涙を流す人もいるだろう。

 豆狸の「わさびいなり」は大変お気に入りで、また食べたくなるそんな味。辛みより稲荷の甘さが強いが後味が良く上品さがある。新幹線で出張や旅をするときは、大抵買ってから乗るようにしている。
 出張先の一つの静岡へ出向いたときは、必ず買う田丸屋の山葵。その中でも「わさび漬け」は山葵の鋭い爽やかさがあり、酒粕はマイルドで香り高い。食べたら思いの外辛さが効いているので、一口目は涙と鼻が出るが、朝食べるとシャキッとする。私は醤油とマヨネーズで和えて辛さ控えめにしてお米のお供としていただいている。

 山葵の特徴として青々とした葉っぱは心臓の形をしている。名にある「葵」は葉の形から来ていて徳川家康の紋章の葉の形と同じ系統のものであるから、もしかしたら徳川将軍も山葵を好んで食べていたのかもしれない。
 13歳の頃、学校で理科の実験で朝顔の葉の裏を顕微鏡で見たとき、たくさんあるはずの気孔がたったの1つしかなかった。位置をずらしながら何度も覗き直しても1つ。他の子たちは、26、30、それ以上とあるのに、教科書には表より裏の方が多いと書いてあったが、どうやらその通りではなかった。
もしかしたら、歴史の事実や古文の解釈がもっと別のものがあるかもしれない。葉っぱの観察をしたとき、自分だけ違う結果になって弱虫だった私は人と違うだけで涙が出そうになったけれど、レンズを通してこの目で確認したことで、教科書通りではないものもあることを知った。そこでグッと堪えたとき鼻がツーンとした。

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