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おもしろい話

ずっと昔、山奥の農村。その村には、小さいけれど歴史のある神社があった。

村唯一の神社で、初詣から豊作祈願、神前式から個人的なお願いまで、事あるごとに村人は神様に祈りを捧げていた。時代背景もあるのだろう、村人達は信心深かった。

いつの頃からかはっきりしないが、その神社に猫が住み着いたという。不思議な事に鳴き声は聞こえるが、姿を見たものはいない。神様の使いじゃないかと、村人達は噂した。

神代様。この村では、神様の使いとされたものを「カミシロ」と呼ぶ風習がある。文字通り神様の代わりだ。村人達はその猫を親しみを込めて、シロ様と呼ぶようになっていた。


誰もその姿を見た事がないシロ様であるが、もちろん神主はシロ様の正体を知っている。ただの臆病な猫。だが、ありがたがる村人達に神代様ではないと、わざわざ告げる必要もなかろう。そう考え敢えて何も言わずにいた。「それにしてもお前も可哀想な猫だな、神様の使いという大役を務めねばならぬとは。」神主はゴロゴロと喉を鳴らして眠るシロ様に声をかけた。


太陽が夏の表情を見せ始めた頃、村の若い男が参拝に通うようになった。男には、何としても夫婦になりたいと願う村娘がいる。「おらぁ、頭は良くねぇけんど、体は丈夫だ。一生懸命働っから、あの娘と夫婦にしてくんなせぇ。神様、どうかお願いだ。」

男が神社に通い出してひと月が経とうとしていたある日、いつものように男が手を合わせていると、本殿の中からひょいとシロ様が顔を覗かせた。ニャーと一鳴。ひと月も通えば人見知りするシロ様も、この男に慣れてきたのだろう。

男は目を丸くした。「シロ様だか・・・?」シロ様は「ニャー」ともう一鳴して本殿の奥へと姿を消した。

男がシロ様の姿を見たという話は、すぐに村中に広がった。遂に神代様が姿を現したのだ、何か縁起の良い事が起こる前触れだと。


翌週。村の娘の縁談が決まった。男が夫婦になりたいと祈りを捧げていたあの村娘である。相手は隣町の地主の後継。男の願いは神様には届かなかった。


この事は男の耳にも入っていたが、それでも変わらず参拝を続けている。神主はその姿を見て、男に話しかけた。

「あの娘の縁談が纏まって祝言の日取りも決まった。毎日祈り続けていたのに願いが叶わなかったお前が、今は何を思い参るのか?」神主は哀れむような顔で問いかけた。「おらぁ、夫婦にはなれなかったが、・・あの娘が幸せになってくれたら、・・・それで良い。それで良いんだ。おらじゃあ、きっと幸せにはしてやれない。・・・神様がそう言うとると思うんじゃ。だから、・・・だからあの娘がちゃんと幸せになれるようにって・・そう祈ってんだ。」そう話す男の目から大粒の涙が零れ落ちた。

雨の日も大風の日も休まず毎日祈りを捧げていた男に神主は、いたたまれなくなって何とか男を励ましてやりたいと思った。「お前はシロ様を見たのだ。何か良い事があればよいのだがな。」「神主様。おらぁ、シロ様の姿を見れただけで十分じゃ。顔しか見れなんだが、綺麗な毛並みの真っ白な美しいお顔じゃった。シロ様は全身真っ白なんだか?」神主は優しく頷きながら答えた。

「あぁ、尾も白い。」



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