Hot Pepper ミラクル・ストーリーを読んで
概要
HotPepperが5年間で売上500億円,営業利益100億円を達成するまでの事業運営における取り組みを紹介した本である.
この本を読んで得たかったこと
・事業の北極星をどのように見つけたのか
・事業の構成要素をどのように分解しているのか
このような点についてヒントが見つかると良いなと思って読み始めた.
ーー事業の北極星
HotPepperでは事業の型として札幌での成果やデータを参照している.飲食店売上比率,NTT電話帳での飲食店取り込み件数シェア,単価,連続掲載率などは札幌をベンチマークとして真似ることを意思決定している.
本著では営業の型をもつことを重視しているが,この札幌の数字は,実は型に沿って事業を進めた結果得られたものではない.各元版がそれぞれ独自の方法で戦略を策定して展開していたころの帰結として,たまたま金の卵みたいなものが出てきたにすぎない.
私の解釈だと,事業の型は,偶然生まれたということである.
このことからも,事業立ち上げ当初は型を模索するために各拠点に自由に戦略を立ててもらっても良いのではないかと感じている.
型は型によっては生まれないのである.
ーー事業の構成要素
事業成功のコアスキルとして以下のような表現がなされている.
どのようにビジョンを形成し
戦略を立て
組織に浸透させ,
行動するのか?
どのような人材を採用し,
どのような想いを共有し,
どのような関係性を創り出すのか?
それが事業成功のコアスキルだ.
著者はそれを組織モデルと呼んでいる.一見すると一般的な要素が多い.
どのようにビジョンを形成し(ビジョン策定)
戦略を立て(戦略立案)
組織に浸透させ,(ビジョン・戦略展開)
行動するのか?(作戦・戦術策定)
どのような人材を採用し,(採用)
どのような想いを共有し,(オンボーディング)
どのような関係性を創り出すのか?(???)
しかしながら,最後の「どのような関係性を作り出すのか」という部分は非常に興味深い.
P31にはこれを体現するための組織づくりの基本コンセプト,カルチャーとも呼べる内容が書かれている
組織モデルの根幹は「人と人との関わりを作る」ことだった.「何をやったかではなく誰とやったかが心に残る」「人と人との関わりのなかであなたは成長する」という事業メッセージとともに組織作りを組織の構成メンバー全員で目指した結果である.
おもしろいチームを作れば,仕事はおもしろくなる.チームの仲間に自分が必要とされていると実感する時,人は嬉しくて楽しくなる.「あなたは人の成長のためにここにいる」「あなたが人を育て,人があなたを育てる」
気づき・学び
ーーP25,リクルートの高単価・高付加価値モデル
そこでは高い顧客サービス価値を提供する.値段も高く,強い営業力でクライアントのマインドシェアを根こそぎ獲得し,対価を支払っていただく.おかげで内部コストも高原価・高経費・高人件費構造になっていた.そのためには圧倒的ナンバー1になり,絶対的なシェアを取って価格決定権を掌握しなければならない.
ーーP27,新規事業は正社員でないほうが適正がある
この事業は正社員だけでやっていたら絶対に成功しなかった事業である.それは,社員の人件費が高いというコスト構造悪化の意味ではない.その資質と想いとスピードの違いからくる差である.つまり,新規事業を立ち上げるときに正社員でないほうが優れていたということである.
これについては,鵜呑みにするのは危険だと思う.契約社員や業務委託が一般的に冒険的で想いとスピードを持っているわけではない.上手な報酬モデル・優れた採用プロセス・挑戦イメージのある企業ブランドなどが整って初めて成立すると思う
ーー事業として重要なこと:儲かる構造を最初につくる
HotPepperはネット成熟機においてあえて無料の紙媒体を選択した.説明されるところによるとその理由は
(1)クライアントはネット広告にはお金を払わない(ネットでの広告掲載費無料時代だった)が紙には広告費を払う時代だった.
(2)ユーザーは無料で情報が得られる時代なので無料で配布
というものである.規模を拡大した段階で囲い込みながらネットに移行する作戦を立てていた.
当時彼らはマーケットをどう読んでいたのか?
「ネットの勝負は生活圏に移っていく」というトレンドを読んでおり,HotPepperは「生活圏エリアの紙のポータル」と位置付けた.消費の8割は生活圏で行われ,ネットの立ち上がりとともにその生活圏の消費行動がネットを通じて決定される未来を描いていたストーリーは美しい.個人的に筋が良いと感じたのはリアルでしか消費しない行動(外食・美容・スクールなど)に焦点を当てたことである.純粋な商品カタログになっていたらECに大負けしていたかもしれない.
ーー差別化戦略
HotPepperは基本的に集中戦略を通した差別化戦略を選択していると言える.ただ,その他にも差別化ができている部分がありそうである.
ーー(1)ロジスティクスにおけるハードリソースの確保
ウェブ入稿システム・全国のローカル印刷業者では捌けない納期・印刷部数を実現するために効率的に全国に印刷拠点を確保
ーー(2)仕組み化
マーケティング・営業・ロジスティクス・ブランディング・経理財務の各方面でビジネスフローのパッケージ化を行う.そして最も重要なのは採用と教育と組織化のパッケージ
徹底的に仕組み化することが800人を抱える営業組織で非常に重要なのは当然のことと言える
ーーP71,仕組み化 != マニュアル化
人のクリエイティブをさらに上位概念に引き上げるために仕組み化がある.
誰でもできるようにして誰でもいい,人に頼らないものにしてはならない.それは仕組みとは言わない.マニュアル化という.この勘違いは多く存在する.その間違った考え方が仕組み化を非人間的なものと間違って理解させてしまう.
その勘違いは人の仕事をただの作業にすることで,商品サービスを腐敗させて,組織を崩壊させてしまう.
筆者のこの仕組み化とマニュアル化の言葉の捉え方の違いはとても面白い.例として上がっている仕組み化は以下のようなものである
新版を出すときの時間軸の設計の仕組み,PL組み立ての仕組み,組織人員設計の仕組み,オフィスのパッケージ化の仕組み,営業の仕方の仕組み,価格設定の仕組みなど,ひとつの理想的なパターンをつくることが仕組み化である.(P69)
筆者は以下のようにも述べている
それは,前にやった人が悩み苦しんで実現した成果を,同じことを苦労せずに成果として実現できる仕組みである.仕組み化はもっと先のこと,次のことに知恵とエネルギーを集中して,新しい価値を加えることが可能になる仕組みでもある(P69)
仕組み化は情報を共有するしかけとなる.誰でも,同じように,簡単に理解し行動できるように汎用化するのが仕組み化だ.(P70)
つまるところ,部分的には誰がやっても同じように実現できるものであるが,総体としては各個人の創造性を残すやり方のことなのだと思う.
理解しきれなかった部分
P20,狭域ビジネスと領域ビジネス・エリアビジネスとの違い
領域でビジネス範囲を限定するケースは多いが,まず生活圏・行動圏というエリアで範囲を限定し,領域を拡大していくところが新しい発想であり困難性でもある.
地方の一つ一つの街にビジネスチャンスがある.
それらを事業ドメインとして,「狭域ビジネス」と定義した.
とあるが,これを領域ビジネスと読んでも僕は違和感を感じなかった.大企業特有の考え方なのか,単純に物理的な商圏範囲を大きく切りすぎている場合に領域ビジネスと呼んでいるだけなのかなと感じた.実際,私が証券会社にいたころもリテール営業の都内の範囲分けといえば「城北」「城南」といった江戸城以北かどうかという分け方だったし,筆者の見解には賛成である.
もっとも,領域ビジネスと狭域ビジネスは差があるというよりも,「ローカライズするという領域セグメンテーションの基本を無視した分け方ではないですよ」と強調するために利用した単語であるとの印象である.これは,高付加価値の人材ビジネスしかなかったリクルートにとっては思考が偏ってしまい仕方が無かったのではないかと感じる.
P60,結局のところなぜ2キロ15%なのか
サンロクマルについて,本では以下のように記述されている.
なぜその件数が経営的に必要なのか?なぜその件数が読者に必要なのか?その件数を満たした時,読者はどんな行動を起こし,お店ではどんなことが起こり,街では何が起こるのか?これらのイメージが構成メンバーに語り伝えられていなかったのだ.
P62でHotPepperについての勝つシナリオが描かれている.
「まずは飲食コンテンツに集中する.半径2キロのコア商圏でNTTデータの飲食件数のうち15%を獲得すれば,読者のマインドシェアを獲得できて,流通段階でみんなが自ら喜んで手にとって持ち帰るインフラができる.・・・」
疑問なのは,肝心な「2キロ」や「15%」という経営的な数字について,なぜその数字が読者のマインドシェアを獲得するかというロジックが欠けているように感じてしまう.これが3キロ20%ではない理由があったのか,知りたい.
...と思っていたらこれは札幌元版の成績から帰納的に導かれた数字だったと読み進める中でわかりました.演繹的な数字の導き方ではなかったようです.
HotPepper事業の成功確率を高めたものは何だったのか
マーケット選定力
・マーケットトレンドの洞察力
・紙媒体から事業収益性を担保してネットに移行する戦略
ストーリー構築力
・業務→顧客インパクト→社会インパクトのナラティブ
・勝つシナリオと心を動かすシナリオ
・狭域ビジネスという単語選定
・クーポンの再定義
・念仏の策定(1日20件,1/9を3回連続,インデックス営業)
フレームワーク
・マーケティング,ロジ,営業,経理財務,ブランディングの徹底的な型化
・型化するということは,絞るということ
執行力
・上記を実行するためのマネジメント→版元長間のコミュニケーション
・版元長の研修
採用とビジョンオリエンテーリング
・CV職制度設計による高レベル母集団形成
・リクルートの人材ビジネスの知見が生きた
・サマフェスや型のネーミングなどによるモチベーション形成
・親しみやすい単語設定(プチコン,東海堂など)
具体的な事例が多くて非常に参考になりました!
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