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いつから「効率が良い」と錯覚していた?

こんにちは。フリーランスの「世界描き」の屋久木雄太です。

最近、久しぶりにギターを弾いています。
独身だった時以来…おそらく10年ぶりくらいに弾いています。
かつて大好きだったBUMP OF CHICKENの「車輪の唄」を弾いてみて、不思議と手が覚えていたことに感動しました。

4才の息子の前で弾いてみたら「つぎはあいみょんうたって!」と言われたので、35歳の絵描きが父から受け継いだ真っ赤なモズライトで愛を歌っています。

久しぶりにスコアを見ながら何度も同じフレーズを繰り返し弾いていたら、ようやっと手が覚えてきて、ちょっとマシに弾けるようになってきました。
お休みの日に、ギターを触っていられるのも嬉しいものです…。
子供がすくすくと成長してくれているおかげでございます…。

◆ずっとおんなじことうたってるね by 4才の息子◆

そうやって弾いていると、何度も同じ絵を描いて練習することって、今まであんまり無かったなと思いました。
ギターの練習では当たり前のように同じところを弾くのに。
なんでだ。

専門学校でも、同じものを何度も描く…というのはあんまりなかった気がします。
石膏像や手のクロッキーなど、そういった基礎的なものは何度も描いた覚えがありますが、「自分の好きな絵」を何度も模写して学ぶということはあんまりしたことがありません。
好きな絵なのに。
男鹿和雄さんの描いたトトロの背景画を2回模写したことがありますが、それだけだと思います。

ギターみたいにワンフレーズだけ何度も弾く…みたいに手軽じゃないから仕方ないかもしれませんが、しっかり模写したとしても、いちどだけで学びきれるわけはありません。
(学びたい部分だけ繰り返し模写する…というのは効果的かも?)

◆人間の脳の作りはそうらしい◆

ある本には、こんなことが書いてありました。
人間の脳みそは、自分に一番馴染みのある情報から気付きを得る
本は2度3度と繰り返し読むことで、既存の知識が増えていき、気付くことができる範囲が増えていく
繰り返し読むことで、知識は深まっていく
…とのことです。…なるほど。
本も映画も繰り返し見るのが好きなので、なんかわかる気がします。

これは、たぶん、絵も同じです。
僕はインターネットで背景画の教室をやっています。
教える題材の岩や木や水や空は、いろんな生徒さんに何十回と同じものを描いて見せました。

何度も繰り返し描くことで理解が深まっていって、絵もよくなりましたし最初よりも教えるのが上手になった気がします。
生徒さんからの質問に、理屈や裏付けをもって答えることが出来るようになったのです。
専門学校の先生が言っていたことを思い出します。

◆画力は頭だ by 専門学校の先生◆

モノの形を描けるようになり
陰影を理屈で見れるようになり
色を扱えるようになり
タッチを工夫するようになり
全体のバランスをとれるようになる

岩や木といった基礎的なモチーフですら、しっかりしたものを描こうとすれば必要なことがこんなにあります。
これをいちど描くだけで全部頭に叩き込め!
というのは、まず無理です。
何度も描いて、頭に刷り込まれていくものだと思います。

一枚の絵から深く深く学ぶよりも、たくさんの絵から広く学びたい。
そんな風に思う人もいると思いますし、僕も実際そう思っていたと思います。
ですが、教室で同じものを何度も何度も繰り返し描いたおかげで、とても深いところで理解が出来ている実感があります。
そして、深い理解はいくらでも応用が効きます。

◆昨日テレビで言ってたのよ by 母◆

知識には、階層があります。
頭でわかっているだけのものは、実は知識ではなくただの情報です。
情報は、理解して使うことが出来るようになって、ようやく知識になります。
どんなに簡単に思えることも、実際に自分でやってみないことには知識として身につきません

さらに知識は、繰り返し使うことでより理解が深まっていき、応用の効く知識…「知見」へと育っていきます。
自分でやったことがあることは、他のやったことがあることと結びつき始めるのです。
木の描き方と、雲の描き方は、案外似ていたりします。

繰り返すことで得られるものは、案外大きいかもしれません。

ちなみに。
母の情報によれば「手を大きく振れば速く走れる」とのことでしたが、僕はそんなに速く走れませんでした。
きっと僕の母も、運動が苦手だったのではないかな。

◆届かない叫び◆

僕よ…昔の僕よ…読んでいるか?
同じ石膏像をずっと描いてても意味がないんじゃないか…僕は背景を描きたいのに何で石膏像を描かされるんだ…そう思っているな?

大丈夫だ。安心してデッサンを学んでほしい。

非効率だと言ってデッサンをサボったクラスメイトは、誰もゲーム業界に行かなかった。
それに今の僕は、あんまり絵と関係のなさそうな「コーヒー」や「焚き火」や「DIY」や「ギター」に興じている。
効率だけを考えるなんて、つまらない。
無駄に思えるものが、案外役に立ったり楽しかったりする。

モテるのにギターが効率良いと思ったのか?
残念だが、それは非効率だ。
でもギターは、繰り返すことについて考えさせてくれた。

何がどんな結果に繋がるなんて、昔の僕には分かるまい。
今の僕にも分からん。
効率が良いとか悪いとか、いったい誰がわかるのか?
たくさんの遠回りを楽しんでみよ。

・・・・・・

余談ですが、僕が嫁さんと仲良くなったきっかけは、はじめて会った喫茶店で、なんでか僕がデッサンについて熱くお話ししてしまったことです。
デッサンの授業、まじめにやってて良かったね。

ではまた!

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